今週のふたご座の運勢
健康運 ☆☆
金運 ☆
恋愛運 ☆☆☆☆☆
運命の人と出会いの予感が…… 何事にも積極的に!
「そう言ってもねえ〜」 と奈緒はため息をつきながら、 首を軽く傾けた。
いつものポーズだ。
生まれながらの内向的な性格と、 運動音痴が手伝って
奈緒はこの 「積極的」 という言葉が苦手だ。
小学校でも積極的な子が良い子とされ、 何かと先生にも気にかけてもらえていた。
反して、 何も問題を起こさず、 宿題もきちんとこなし、 係りの仕事も真面目にしていたとしても、
内向的な子供は 空気のごとく誰からも気にかけられることなく、 通り過ぎていくのである。
目立ちたいと思っているわけではない。 けれど、誰にも遠慮することなく 、親友の搭子のように
自由奔放に振舞えたらいいなと思うことはよくある。
今朝だって ……
奈緒の家にはキッチンに出窓がある。
北側なのであまり明るくはないが、 朝は東の方から光が差し込む。
薄暗い部屋の中にチラチラと光が通り過ぎる。 そんな光景をぼんやりと眺めるのが、 奈緒は好きだった。
「奈緒、新しいお友達は出来た?」
最近の母親の口癖になっている。
トーストにピーナツバターを塗りながら、 奈緒はコーヒーメーカーから落ちてくる琥珀色の滴に目をやった。
朝の淡い光を受けるたびに輝きながら、 一滴一滴落ちていく。
「ううん、 まだだよ。 だって、 中学入ってまだ一週間しか経ってないのにムリだよ。
それに私、 搭子と詩織がいるから別に …… 」 と言いかけて、
奈緒は母親の顔が徐々に曇っていくのを見て、 途中でやめた。
ここ数日で、 奈緒には話しの展開がわかっていたからだ。
恐らく母親は小学校からの友達に頼らずに、 積極的に新しい友達を増やして欲しいと言いはじめ、
奈緒の内向的な性格が 誰の遺伝かを推測し、 自分の育て方が悪かったのかしらと後悔し、
果ては 習っていたテニスを辞めてしまったのも、 奈緒ではなく 自分の責任だと嘆き始めるのである。
透けるような琥珀色たちに "ゴメンネ "と言いながら、 たっぷりの牛乳を足す。 カフェ・オレの出来上がり。
輝きはないけれど、味はまろやかになる。
案の定、 嘆き始めた母親を横目に、 奈緒はため息をつきながら、 首を軽く傾けた。 こうすると、気が楽になる。
大抵のことは諦められるから。
そんなに内向的っていけないのかな? そんな疑問も反論に変わる前に、泡になって消えてくれる。
「あっ! また、 占いの本読んでる。 見せてみぃ」
搭子が後ろから 奈緒に抱きつくようにして声をかけてきた。
「何事も積極的にねえ。 ま、当然だよね。 積極的にすれば、 誰だって出会いが広がるんだからさ。
こういうとこ、 ホント上手く書くよね、 占いって。 誰にでも当てはまるって感じ」
物怖じしない性格の搭子が言うと、 辛口のコメントも嫌味に聞こえないから不思議である。
「でも、 ちょっと得した感じがするよ〜。
なんていうかぁ、 今週は運命の出会いがあるかもって思うだけで、 ワクワクするじゃない」
のんびりした口調の詩織も、 会話に入ってきた。
「でも週末になって、 結局運命の出会いなんてなかったってわかると、 メチャがっかりするかもよ」
搭子が反論した。
「だいじょうぶだよ。 その頃には忘れてるからぁ」
さすが、 のんびり屋の詩織である。 三人ともいつの間にか笑い転げている。
物怖じしない性格の搭子、 なごみ系の詩織、 このふたりとは、 どういうわけか
小学校の頃から気の合う友達として、 いろいろな事が話せる。
たぶん性格が違うからこそ、 互いに気が楽なのだと思う。
そしてこの二人は奈緒のよき理解者でもある。 内向的でもいいじゃないと言ってくれる唯一の存在なのである。
「ところでさ」 搭子が切り出した。
「ふたりとも部活決めた?」
「わたし、 手芸部にしようと思うんだ」
奈緒が答えた。
「それいい! このまえ奈緒が作ってくれたビーズのループ・ストラップ、 すっごく評判良かったし。
また新作、 期待してるからさ。 で、詩織は決めた?」
「私は、料理研究部」
「えっ!?」
奈緒と搭子は 同時に声を上げた。
「詩織が料理研究部。 なんで?」
「だってえ、 私、運動部とか〜、 先輩が怖そうな部活はちょっとなあって考えたらね …… 」
言い終わらないうちに、 搭子が先を続けた。
「あ、それわかる!
だってさ、 二年間先輩に気を使って我慢したって、
けっきょく 自由に部活エンジョイ出来るのって、 三ヶ月ぐらいだもんね。
だったら 、三年間楽しく部活やりたいし」
「そうそう、そう思ってえ、 それで料理研究部なら、 先輩も優しそうだしぃ、 それに試食とか出来るんだよぉ」
さすが搭子と付き合いが長い詩織である。 搭子に割り込まれても、 臆せず会話を続けている。
詩織はのんびりしているが、 奈緒のように、 物怖じはしないのである。
いや 、むしろ三人の中で 一番ハッキリものを言うかもしれない。
「だったらさ、 アタシと奈緒の為にノンカロリー・クッキーとか、 研究してみてよ」
「あ、 それいい! ダイエット・ケーキとか …… 」 と奈緒が続けた瞬間、 背後から何かが突進してきたような気がした。
突然、視界が晴れやかな空を背景に、 桜の花びらが正面に見えるというアングルに変わっていた。
長年の経験から、 こういう時は、 大抵仰向けに転ぶのである。
うつ伏せで転ぶときは、 視界が180度反転するので、 今回は間違いなく仰向けだ。
恐らく、 後ろから走ってきた誰かとぶつかり、 突き飛ばされた格好になったのだろう。
薄い絹を張ったような空に桜の花びらがくっきりと映っている。
不思議なもので、 人間、 切羽詰ると無駄な動きや思考が、 次々と沸いて出てくるものである。
これは単に奈緒がトロいという問題ではなく、 誰しも経験のある事だと思う。
が、 やはり奈緒は次の手立てを考えなければならなかった。
なぜなら、 この桜並木の下を仰向けに落ちているという事は、 まっ逆さまに川原に向かっているという事である。
途中の土手で ブレーキがかかればよいが、 奈緒は運動音痴なのだ。
いや、待て。 土手でブレーキがかかってしまうと、かえって新しい制服が泥だらけになってしまう。
ここはやはり真っ直ぐ川にドボンの方が、 制服は安全なのでは ……
あぁ、また無駄な事を考えて ……
「ん?」
落ちてない。 いや、着地の振動はかすかにあった。
しかし身体は宙に浮いたままだった。
ふいに視界が桜から少年の顔へと変わった。
ルーズに伸びた茶色の前髪から、 心配そうに覗き込む瞳が忙しく動いた。
まるで奈緒の変わりに、 全身を急いで点検しているようだった。
「わりィ。 ケガ …… なかったか?」
一見、 ぶっきらぼうに言ってはいるが、 その少年の目は真剣そのものに見えた。
琥珀色の透き通った瞳。 コーヒーがドリップされた時の滴の色だった。
「あ、うん。 ごめんなさい。だいじょうぶ ……です」
「そっかあ。 あーびっくりした!」
少年の瞳がハチミツ色に変わったように見えた。
同じ学年だろうか、 制服は同じ光陵学園のものを着ているが、 左眼の上の傷がやんちゃ臭く、
笑うと一段と幼く見えた。
「それにしても、 おめェ〜、 軽りィなあ。 ちゃんとメシ喰ってっか?」
「はあ? あの〜」
「こんな軽いんじゃ、 イノシシいや、 タヌキにだって吹っ飛ばされッゾ!」
「イ、イノシシ …… タヌキって …… ?」
「せめて、 勘太のかあちゃんぐらい…… 」
「勘太のかあちゃんって誰よ」 と突っ込みたい気持ちをぐっと抑えて、 奈緒はその少年の話をさえぎった。
「すみませんけど、降ろしてください」
そう、 奈緒はツッコミよりも、 一刻も早く改善したい状況に陥っていたのだった。
彼女は少年にお姫様抱っこされていたのだ。
気を失っているヒロインならまだしも、 意識のある時のお姫様抱っこは 、恥ずかしいものである。
ましてや 、奈緒は一般市民の中でも自信を持って 「小市民」 と言えるほどの 平凡な中学生である。
憧れのお姫様抱っこがこんなに恥ずかしいものだったとは。
顔から火が出るとはこの事かと、 つくづく思った。
「あーっ、 やっべえ!!
オレ、 遅刻するとこだったんだ。 んじゃ、 メシ喰えよ、 米な コ ・ メ !」
小市民の大きな動揺を全く無視して走り去られてしまった。 しかもイノシシ並みのスピードだ。
見たことないけど……
「ねえ、 今の彼、 ナポレオンパイじゃなあい?」
詩織が奈緒に話しかけてきた。
「う〜ん、 イケ面だけど、 私はエクレアかなあ」
塔子の評価は ルックスに関してはなかなか厳しいのである。
彼女達は、 異性の評価をする時に、 暗号を決めていた。
学校の帰り道に立ち寄る、 コーヒーショップのスィーツの値段で品定めするのだ。
高値の方が、 評価が高いのは言うまでもない。
ナポレオンパイは 最高値Aといったところか。 対してエクレアはEぐらいだろう。
が、 いずれもケーキ=イケ面が前提なので、 パフェやクレープは登場しない。
「だってさあ、 あの制服の着方といい、 髪型といい、 メチャメチャだったよ。
いくら顔が良くても、 ファッションセンスが良くなきゃねえ」
塔子の辛口コメントが分析をはじめたが、 詩織も負けずと反論する。
「ああいうのを、 ワイルドっていうのよォ。
ねえ、 奈緒ちゃんはどう思う?]
「う〜んとね……」
奈緒は、 いつもより慎重に答えた。
「モカ …… かな?」