第21話 必勝方程式
いよいよ、 シングルス戦が始まった。
出場しているのは、 二年の中西だ。
彼は、 それほど大柄でもないのに
驚くほど力強いショットで、 相手の選手を圧倒している。
「そう言えば、 オレ、 中西先輩と話したことないッス」
鋭い視線で あたりを警戒しながら、 トオルは試合を
見学していた。
「アイツと、 まともに話した事のあるヤツなんて、
一人もいねえよ」
同じく千葉も、 周りを警戒しながら答えている。
背後を取られないよう、 コートを囲むフェンスに 背中を押し付け、 二人は小声で会話を続けている。
忍者屋敷ならともかく、 ジャージを着ながらこの体勢は、 どう見ても怪しい。
しかも、 場所は白昼のテニスコート、 地区大会の会場で、
横向きの視線だけで 応援している姿は、 他校の生徒からも 怪訝な顔で見られていた。
それを承知で、 なぜ、 こんな奇妙な体勢を 維持しなければならないのか。
どんなに 想像力豊かな人間でも、 正解にたどり着くのは 難しいだろう。
同じ学校の テニス部の先輩。
薄々感じてはいたが、 やはり滝澤は男でありながら、 男の方に興味があるらしい。
それが明確になったのが、 さっきの第二試合の直後だった。
無邪気に 「ダブルスは、おもしろい」 と感想を述べたトオルに対し 、滝澤の魔の手が 伸びていた。
不運にも、 ダブルスと シングルスの試合の合間は、 他の試合よりも 休憩時間が長い。
その合間を利用して、 トオルは ダブルスのペアにならないかと、 口説かれ続けていた。
やんわりとした口調とは裏腹に、 後ろからしっかりと抱きしめられ、 簡単には逃れられない状態で。
いわゆる 「はがいジメ」 というヤツだ。
二人は、 その先輩に襲われないよう、 さっきから警戒している。
地区大会に来てまで、 身の危険を感じるとは 思いもよらなかったが、
初めて経験する 同性からの強引な勧誘に、 トオルは すっかり怯えていた。
そのトオルよりは、 いくらか付き合いの長い千葉でさえ、 この展開は予想外の出来事だった。
てっきり滝澤は、 副部長の唐沢が好みだと 思い込んでいた。
けれど、 全く相手にされていないのか、 ターゲットを 扱いやすい後輩に変更したらしい。
トオルと同様、 アブノーマルな世界を 見慣れていない千葉も、
先輩の襲撃を目の当たりにして、 しっかり恐怖を植えつけられていた。
警戒をさらに強めながら、 トオルが聞き返す。
「もしかして、 中西先輩も、 荒木先輩と同じで、 無口 …… とか?」
「ん〜。 あいつの場合は、 憧れだな …… 荒木先輩への。
少しでも 憧れの先輩に 近づきたいんだよ」
「オレ、 荒木先輩のことも、 よくわかんないッス」
無理もない。
「べつに」 と 「はい」 しか喋らない男を理解するには、 それ相応の年月がかかるものだ。
困惑する後輩に、 千葉が的確な表現を与える。
「荒木先輩は、 言ってみりゃ男だな」
「おとこ?」
「つまり、 余計な事は一切話さないけど、 いざという時は、 ビシッとキメる。
『不言実行の男』ってとこかな」
トオルは、 第一試合で荒木が放った パワーショットを思い出していた。
卑怯な連中相手に、 最後に吹っ飛ばした あのショットは、 確かに男らしい キメ方だった。
口数の少なさを考えれば、 かなり偏ってはいるが、 男らしいのは事実である。
個性豊かな 光陵テニス部の中では、 それが、 ひときわ光り輝いて見える。
というより、 ようやく、まともな先輩に 巡り合えた気もする。
男らしさを語る以前に、 「先輩らしさ」 の点で、 すでに荒木は 高水準に達している。
同性愛主義の先輩、 『寅さん』 マニアのナンバー3、 校内試合をギャンブルに利用する副部長……
これらの面々に 囲まれていれば、 たとえ 「べつに」 と 「はい」 しか発しない先輩でも、
その存在は 群を抜いているように 思えてくる。
トオルにも、 中西の気持ちが わかるような気がしてきた。
人間だれしも、 理想を追い求める時に、 目標となる人物が必要だ。
理想に近づくために、 技術面だけでなく、 その人のクセや性格まで研究し、
できるだけ自分の中に取り入れようとする。
そして 取り入れた中から、 ひとつでも形になれば、 それは理想を 現実にするための 確かな手段となる。
中西の場合、 その対象が荒木だ。
少ない候補者の中で、 彼は 「無口な先輩」 を取り入れて、 今のスタイルを確立している。
それでは トオルは 誰を目標にすればよいのか。
その前に、 何を目標にテニスをしているのか。
もう一度、 自分に問いかけてみる。
「ハルキを倒す」
これが当初の目標で、 テニス部に入った最大の理由だ。
けれど、 ハルキを倒すためには、 奴を目標にしていては、 倒せるワケがない。
ライバルに勝つためには、 奴を超えるの実力の持ち主を、 目標に設定する必要がある。
ハルキより強くて、 トオルが知っている選手といえば、 最初に頭に浮かぶのは 唐沢だ。
唐沢は 前回の校内試合で、 ハルキをラブゲームで下したほどの 実力者だ。
けれど、 彼の人間性を考えたとき、 さすがにこれ以上 「闇の世界」 に関わりたくないと思っていた。
あの先輩に関与すれば、 借金がさらに増えるだけで、
ロクなことはないというのは、 すでに身をもって経験している。
かと言って、 パワー重視の荒木を目標にするのは、 もっと無理がある。
性格と、 プレイの両面から 目標にできる先輩。
残念ながら、 即答できない。
「おまえ、 目標とする プレースタイルってあるか?」
思案し始めた後輩に、 千葉が話題を変えて質問してきた。
「プレースタイルですか? まだ、よくわからないッス」
「まだ、 時期が早いか。
ただ、 自分のプレースタイルを持つというのは、 悪いことじゃない」
試合の行方を 気にしながら、 先輩はさらに続ける。
「むしろ、 プレースタイルを意識することで、 試合を 自分の得意な勝ちパターンに、 持ち込むことも出来る。
単純に 相手の攻撃を防ぐだけじゃ、 この先、 勝ち抜いていくのは 不可能だからな」
防御だけでは 得点は取れない。
それは、 さっきのダブルスの試合からも、 感じたことだった。
相手の攻撃を防ぎながら、 自分の得意パターンにつなげて、 点を取る。
つまり、 防御から攻撃へと 試合の流れを変えていく 確かな手順。
簡単に言えば、 プレースタイルを持つというのは、 勝つための方程式をもつことだ。
「けどオレ、 何を目指していいのか、 よくわからないッス」
これは、 トオルの率直な意見だった。
「まずは、 自分の得意なプレーが何なのかを、 早く見つけることだな。
例えば、 まえにオマエが試合したシンゴ先輩。 あの人は、 典型的なサーブ&ボレーヤーだ」
慎悟とは、 校内試合で一度だけ 対戦したことがある。
元・陸上部の彼は、 得意の俊足を活かして、 サーブと同時にネットにつき、
ボレーで攻撃するという 試合展開を見せていた。
「あれが、 サーブ & ボレーヤー」
「他にも、 パワー、 脚力、 持久力、 テクニック ……
自分の得意とする 能力を活かして、 プレースタイルを作るのが 、一番の近道だ」
さらに、 唐沢はカウンターパンチャー、 部長はオールラウンドプレーヤーだと、 説明された。
カウンターパンチャーとは、 相手の球威を利用しながら、 攻撃に変えてしまうプレーヤーの事だ。
他のスタイルに比べて、 地味に聞こえるが、 これには高度な技術が 要求されるという。
そして、 ネットでも、 ベースラインからでも、 相手に合わせて 攻撃方法を変えていけるのが、
オールラウンドプレイヤーだ。
順応性の高いスタイルだが、 その分、 多様な能力も必要になる。
トオルは、 まだ見たことのない 先輩たちのプレーに、 想いを巡らせていた。
いつも 厳格な部長を務める 成田。
おそらく 性格どおり 隙のないプレーを するのだろうが、 それ以上は 想像できずにいた。
さらに イメージが沸かないのが、 副部長の唐沢だ。
あのギャンブルしか 頭にない男が、 真剣にプレーする姿。
札束を数えている姿なら 容易に想像できるのだが、 試合となると 部長以上に難しい。
だが、 ハルキをラブゲームで下したのだから、 その実力は疑いのないものなのだろう。
しかも 「闇の学園祭」 で見せた勝負強さからいって、 彼の試合運びは凡人とは違うはず。
それだけは ハッキリしている。
コート上では、 「4−1」 と 中西がリードしていた。
小柄な中西は、 荒木ほど力強い球を 連打するわけではない。
けれど、 要所要所にパワーボールを 取り入れることにより、 着実にポイントを決めていく。
ショットの使い分けが 上手いということだ。
「それだけじゃない。
アイツは、 荒木先輩のプレースタイルに近づける為に、 インパクトを 手前にしているんだ」
「インパクトを手前にすると、 かえってパワーを 使う事になりませんか?」
インパクト、 つまり打点を手前にするということは、 相手の球威が落ちる前に、
こちらから打ち返さなければならない。
その分、 よけいに力が必要となる。
「ああ。 だけど、 相手にコースを見切られることなく、 打ち込めるという利点がある。
見ての通り、 中西のボールは、 強打を連続しているわけじゃない。
もっとも 有効な場面でパワーボールを 使うことで、 それを決め球として 活かしているんだ」
千葉の指摘を受けて、 トオルはもう一度、 フォームを確認してみた。
たしかに中西は、 通常よりもインパクトを 手前にして打っている。
足を小刻みに動かし、 うまく打点を調節しながら、 相手の甘い球が来たときのみ、 手前から打ち込んでいる。
荒木ほどの派手さはないが、 甘い球を逃さず返すことで、 着実に得点を重ねている。
「こういうプレースタイルも あるんですね」
「パワー重視の荒木先輩は、 迫力もあるしスゴイと思う。
だけど、 自分の欠点を補いながら、 理想のプレーに 近づけていく中西も、 俺はスゴイ奴だと思う」
トオルも同感だった。
特別な能力に 恵まれていなくても、 工夫次第で 理想に近づくことができる。
中西のプレーが、 それを 証明していた。
「ケンタ先輩は、 誰が目標なんスか?」
「俺はとうぜん、 成田部長だ」
「オールラウンドプレーヤーを 目指しているってことですか?」
「ああ、 どうせ目指すなら一番がいい。
だから、 部長のプレースタイルを目指すんだ」
成田が どんなプレーをするか知らないが、 いかにもケンタらしい理由だった。
トオルは 「目指すなら一番がいい」 という、 先輩の言葉を頭の中で繰り返した。
自分の目指すもの。
それを 具体的に探さなくてはならない。
ハルキを倒すという 目標のために、 それを攻略する手段が必要だ。
ふと 父親の姿が頭をよぎった。
「親父は どんなプレイヤーだったんだろう?」
どうもハルキの話題になると、 父親がセットで登場する。
おそらく、 奴の父親と、 自分の父親が同期だというのも 関係している。
だがそれ以上に、 父親からテニスを教わっているライバルを、 心の底では羨ましいと思っていた。
自宅がテニススクールで、 父はテニス部のコーチ。
常に テニスに関わっていられる環境だ。
そのうえハルキの父親は、 どちらかといえば 「過保護」 の部類に入る。
息子の行動に まったく関心を示さない父を持つ トオルには、 二重に羨ましさが募っていた。
だからこそ、 なおさら勝ちたい気持ちが 強くなる。
恵まれた環境にいる ハルキを倒すことで、 自分に無関心な父親をも、 見返せるような気がしていた。
試合に視線を戻すと、 中西が最後のゲームをきっちりと決め、 「6−1」 で試合が終っていた。
素行の悪い 芙蓉学園を相手に、 一時はどうなる事かと心配したが、
終ってみれば 光陵のストレート勝ちだった。
コートを挟んだフェンス越しに、 試合を見守る ハルキが見えた。
トオルが転校初日に 「必ず倒す」 と心に決めたライバル。
いまだ 1ゲームしか取れずに、 バカにされ続けている。
奴に勝つために 目指すもの。
今更ながら、 それがとてつもなく、 遠く険しい道のりに 思えてきた。
外側から見ているよりも、 中に入ったほうが、 その厳しさがわかることがある。
しかし、 あきらめようとは思わない。
「負け続けてもいいから、勝つまでやる」
これが自分の信条で、 絶対に譲れないやり方でもある。
トオルの頭の中では、 徐々にではあるが、 勝つための方程式が組まれ始めていた。