第3話 ライバル

教室



「ねえ、 あんたさあ、 テニス部入部希望?
だったら、 あたしマネージャーだから、 手続き
してあげるよ」
「麻袋」 に入っているトオルのラケットを見て 、
塔子が早速、話しかけていた。
なんというチャレンジ精神。
奈緒は彼女の物怖じしない性格を、改めて尊敬する。

自分なら、 こういうトラブルメーカーは避けて通るが、
塔子は今朝の一件など、一向に動じていない様子だ。
それよりもマネージャーとして、 この新しい入部希望者に、
興味津々なのだろう。

「アタシは清水塔子。 こっちは山内詩織」
詩織もちゃっかり、 塔子の隣に陣取っている。
二人とも、 この不思議な転校生の素性を暴こうと、 積極的に行動開始したようだ。
本来なら、 彼の隣の席にいる奈緒が、 最も適任のはずなのに、 内気な性格が災いして、
遠巻きに 彼女らの様子をうかがう格好になっている。
「サンキュー、 塔子。 それじゃあ、 頼んでいいか?」
突然、 塔子が怪訝な顔つきに変わる。
「ねえ、 アンタさ、どうしていきなり、 ファーストネームで呼ぶの?
初対面でしょ?」
今朝のホームルームで、 奈緒がずっと言えなかった質問を、 塔子はズバリ聞いている。
そして、 それを皮切りに、 彼女のマシンガン・トークならぬ、 マシンガン・インタビューが炸裂した。
「だいたい、 どっから来たわけ? 東京じゃないでしょ?
今朝、 奈緒とぶつかった時、 イノシシがどうとかって言ってたし。 それにそのカバンとラケットは何?
あんた今朝、ホームルームめちゃめちゃにして、 自己紹介まだなんだから、 それくらい答えなさいよね」
「そんなに一気に質問したって、 全部答えるのはムリだよ」 と思いつつ、
奈緒は、 この頼りになる親友を、 秘かに応援していた。
なぜなら、 彼女の質問は、 自分の疑問が全て網羅されていたからだ。

攻撃ならぬ 「口撃」 でまくし立てる塔子に対し、
トオルも臆することなく、 山積みにされた疑問をクリアにしていく。
「住んでいたのは岐阜 ……ここから見れば、 スッゲエ田舎かな ……
家はかなり山奥だったし …… イノシシも出た」
彼は、 頭の中で質問を整理するかのように、 視線を上に向けならが、 丁寧に答えている。
今朝のハチャメチャな言動とは 打って変わって、 その誠実な答え方は、 ごくごく普通の少年に見える。
「オレの学校は全員、 苗字じゃなくて、 名前で呼んでたから ……
兄弟や親戚で、 同じ苗字が多かったから、 名前で呼ばないと、 ややこしいだろ」
驚いたことに、 彼は塔子のマシンガン・インタビューの内容を、 瞬時に記憶して返答している。
奈緒は、 塔子に続いて、 トオルの記憶力にも感心した。

更に頭を掻きながら、 彼は続ける。
「カバンは勘太の母ちゃん …… あっと、 ジャガイモ農園やってる、 オレの弟分の母親からもらって ……
えっと、 ラケットはオレの 『クソ親父』 のだ。
ホームルームめちゃめちゃにしたつもりはねえけど、 自己紹介、 これでいいか?」
「やった! 勘太の正体がようやくわかった!」
思わず、 奈緒はニンマリした。
小さな疑問が解けると、 少しだけ幸せになる。
改めて調べるほどではないけれど、 ちょっと気になる疑問が、 日常生活では意外に多い。
そしてそれが偶然わかると、 なんだか得をしたような気分になるものだ。
今の会話がいい例だ。
初めてトオルに会ったとき、 彼は 「寛太の母ちゃん」 と口走っていた。
恐らく、 彼の住んでいる地域では、 「寛太の母ちゃん」 は有名人なのだろうが、
初対面の奈緒は知るはずもない。
あの時、 お姫様抱っこされていなければ、 もしかしたら、その正体を聞けたかもしれなかったが、
次々と起こる騒動に、 その答えを確かめるチャンスを逃していた。
そこへ偶然にも、 遠巻きで聞いていた会話の中から、 答えをゲット出来たのだから、
ついニンマリとしてしまうのも無理はない。
「棚からボタ餅」 ほどではないが、 さしずめ 「隣の席から白玉」 ぐらいのラッキー感はある。

トオルの答えに間髪いれず、 詩織がインタビューを引き継いだ。
「それで〜、 真嶋君の行ってた学校も、 山奥だったの? 何人ぐらい、いたのォ?」
のんびりとした詩織の口調は、 マシンガンから反転して、 水鉄砲ぐらいにトーンダウンしていた。
「ああ、 山奥だ。全校合わせても、 15人ぐらいだったなあ」
彼女の口調に釣られて、 トオルもリラックスして、 答え始めたようだ。
彼の表情が、 さっきより柔らかくなっている。
「それじゃあ、 授業とか、どうしてたのォ? まさか 先生の方が、 人数多かったりして? 
体育でサッカー出来なかったでしょ〜?」
「ああ、 授業は2学年ずつ受けてたし、 体育はバスケばっかりだったな。 人数少ねえし」
「そうなんだ〜。 それで …… 」
調子に乗って、 詩織が質問を続けようとした時だ。

「ちょっと、 待った。 今度はオレの番だ」
トオルが彼女を制した。
「名前で呼んじゃいけねえのか、 こっちは?」
「あったりまえでしょ! 名前で呼ぶのは、 長い付き合いとか、 よっぽど仲がいいとか。
特に女の子に対しては、 付き合っている彼女とかよね!」
塔子がキッパリと言い切った。
「ブラボー、塔子!」 と自分の気持ちを代弁してくれた親友に、 奈緒は拍手喝采していた。
「ふうん、 そっか」
トオルが神妙に聞いている。 まるで外人に日本文化を説明しているような光景だ。
「で、 オレいつからテニス部に、 入れるんだ?」

「やめといた方がいいんじゃない?」
突然、 日高ハルキが、 会話に割り込んできた。
ハルキは、 父親が高等部のテニス部でコーチをしており、 更に、実家がテニスクラブを経営しているので、
この地域では、ちょっとした有名人だ。
本人が知らなくても、 この地域の人間は、 大抵彼を知っている。
実は、 奈緒が通っていたテニスクラブも、 そこだった。
けれど途中で辞めてしまったので、 どういうわけか、 ハルキに会うと後ろめたく感じてしまう。
その彼が会話に割り込んだことで、 奈緒はますます輪の中に入っていけなくなっていた。

「なんでだよ、 ハルキ! いいじゃねえか、 オレがテニスやったって。 なんで、止めんだよ!」
トオルが口を尖らせながら、 ハルキを睨んでいる。
「このふたり、知り合いなのだろうか?」
奈緒だけでなく、周りの人間も、 二人の接点を測りかねているようだ。
「だけど昨日まで、『テニスは外人がやるものだ』 と思っていたのは、 どこの誰だっけ?」
「えっ? うそでしょ?」
せっかく、 疑問がスッキリしたばかりなのに、 またしても奈緒の中で、 トオルに対する疑問が湧く。
しかも、 今度は、 「寛太の母ちゃん」 レベルの、 ささやかな疑問ではない。
是非とも解決したい、 特大級の疑問だった。

「まったく、 江戸時代の人間じゃあるまいし。 テニス始めるんなら、 文明開化の勉強してからにすれば?」
皮肉たっぷりに、 ハルキが追い討ちをかける。
「うっせ〜! うちは、 テレビの電波が届かなかったんだから、 仕方ねえだろ!
親父のビデオ見て …… 勘違いしただけだ!」
勘違いしただけって ―― 本当に、 そんなことが起こり得るのか。
テレビの電波が届かないということは、 いつも奈緒が見ているアニメやドラマの番組を、 見ていないということだ。
だが、 それがラケットを所持していながら、 テニスは外人の文化だと思い込んでしまうほど、
偏った思考になるかは疑問だった。
我々がフラダンスやコッサクダンスを、 異文化だと思っているのと同じ感覚なのだろうか。
それにしても、 誰かが意図的に隠さない限り、 普通はどこかで気づくはず。

中学生という未熟な年頃は、 小さな勘違いや、 思い込みが露呈し易い時期ではある。
自分の家だけで、 常識だと思っていた事が、 部活動など集団生活に入ったとき、
非常識極まりない行為だったと、 発覚する場面が多々ある。
例えば合宿所の風呂場で、 男兄弟で育った女子が、 トニックシャンプーを普通の女の子は使わないと知ったり、
朝シャワーを浴びながら、 風呂場で歯磨きをしていた男子が、 普通は洗面台でやるものだと気づいたり ……
この程度の失態なら、 クスッと笑って済ませられるが、 今、 自分の隣の席にいる転校生の勘違いは、
周りの人間を黙らせてしまうほどの 威力があった。
同じ日本に住んでいながら、 この少年は遥か昔の時代から、 タイムスリップしてきたような、
どこかズレた感性を持っている。

リアクションに困っている奈緒を、 ハルキが目ざとく見つけて話しかけた。
「クククッ! おかしいだろ? 普通、 どこかで気づくなり、 誰か訂正してやるよな」
ハルキは、 奈緒に相槌を求めたが、 反射的に目を逸らしてしまった。
言っている事はあっている。 自分も同じことを考えていた。
だが、 いつものハルキらしくない。 そう思った。
周りの友達に比べて、 ハルキには卑屈な部分がある。
コーチであり、 オーナーであり、 元プロのテニスプレイヤーという、 肩書きだらけの父親の息子。
その重圧と好奇心の目を、 彼はいつも背負っているせいか、
物事を裏側から見ているような、 素直さに欠けるところがあった。

すごい身内を持つと苦労するのは、 奈緒にも少なからず、 理解できた。
スケールが全然違うが、奈緒の弟もスポーツ万能で、 小学校のとき苦労した経験がある。
弟のクラスメートが運動会の度に、 姉の奈緒も運動神経抜群に違いないと、 期待の目を向けるのだ。
勝手に期待され、 勝手に落胆される。 その繰り返しだった。
けれど、 ハルキの場合は少し違う。
彼は奈緒のような運動音痴ではない。
スポーツクラブのトーナメントでも常に優勝、 調子が悪い時でもベスト8に入っていた。
テニス部でも期待のルーキーと噂されている。
多少の不満はあったとしても、 コンプレックスを感じる要素はないはずだ。
しいて言えば 、小柄な体格ぐらいだろうが、 それも目だって小さいわけではない。
それに普段の彼は 、人と交わるのを避けることはあっても、 自分から嫌味を言うことはない。
ではなぜハルキは、 こんなにも意地悪い発言を 重ねているのだろう。
しかも相手は 、昨日までテニスを異文化だと思っていた人間だ。

奈緒の困惑をよそに、 更にハルキは、 トオルを追撃した。
「こいつ 、テニス知らないのに、 なんでラケット持ってるか知ってるか?」
いつもは、 「我、関せず」 のハルキが、 しつこく彼に絡んでくる。
「ハルキ君、 悪魔になってる …… どうしちゃったの?」
口には出せずにいたが、 奈緒はいつもと違うハルキの態度に不安を覚えていた。
「護身用なんだってさ。 山でタヌキとか、 イノシシ倒してたらしいぜ」
「えっ!?」
一瞬にして ハルキの心配などしていられなくなった。
ラケットで、 どうやってイノシシを倒すのか。
いや、 それ以前に、 なんで護身用にラケットを使っているのか?
いくら山奥でも、 ラケットを武器に使ったりはしない。
「真嶋君の家族って、 一体どんな人達なんだろう?」
奈緒の狼狽を見透かしたかのように、 ハルキが教えてくれた。

トオルの父親は、 スポーツ科学の学者で、
海外では広く知られているということ。
元・光陵学園テニス部で、 ハルキの父親と同期だったこと。
そして、 肩を故障してテニスを辞めてしまったこと。
父親同士は今でも交流があるようだが、 当人同士は昨日会ったばかりらしい。
ハルキの話し方から、 彼はトオルの父親をかなり尊敬しているようだ。
「もしかして、 ハルキ君は真嶋君に、 嫉妬しているの?」
奈緒の直感は当たっていた。
ハルキはトオルの父親の論文を読んで、 その理論にかなり影響を受けていた。
ところが 、 ハルキの尊敬する人物の息子は、 父親のことを 「クソ親父」 と呼び、
自分がどれほど偉大な父親に育てられているか、 全く理解していなかった。
しかも 物心ついた時には、 強制的にテニス漬けになっていたハルキに反して、
トオルはテニスの存在すら知らされず、 自由奔放に育てられていた。
その2人のギャップが、 何故かハルキに苛立ちを与えた。
平たく言えば、 トオルを見るだけで 「ムカつく」 のである。

「おまえ、 よく知ってんなあ、 うちのクソ親父の事。
息子のオレの方が、 初めて知ったぜ、 アイツがテニス部だったなんてな。
チクショ〜! あの野郎、 わざとオレにテニス教えなかったんだ。 絶対そうだ!」
トオルには気の毒だが、 奈緒も同じ意見だった。
理由はわからないが、 彼の父親が、 息子からテニスを隔離していたと考えれば、
この不可解な現象も説明がつく。
「おまえン家、 もしかして、 親子の会話ないだろう?」
ハルキの悪魔の度合いが、 パワーアップしている。
「ない! ンなモンあるわけねえだろう!」
トオルの怒りで、 悪魔が一網打尽にされた。
どうやら彼は、 自分をテニスから隔離した父親に、 かなり腹を立てているらしい。
確かに、 気づいてみれば、 これほど虚しいことはない。
テニスの道具だと知らずに、 ラケットを武器にしている息子。
そしてその息子と暮らす、 元テニス部の父親。
トオルだけでなく、 真嶋家の人々は、 奈緒の想像をはるかに越える、 変わり者家族のようである。

「それより、塔子 …… じゃなかった、 え〜と、清水。
オレ、 絶対テニス部に、 入部すっから!」
ようやく本題に戻っていた。
「テニス、 絶対おもしろいハズだ。 オレの勘がそう言ってる」
「ハズだって、 あんたねえ。
よく知らないのに入部するの? だいじょうぶ?」
「塔子じゃなくても、 心配するよね、 この状況。
昨日まで日本人はテニスしないって、 信じてたんだから」
再び、 奈緒の心の声が反応している。

「間違いネエ。 親父の行動パターンからして、 ヤツが隠しているゲームソフト程、 おもしろかった。
という事はだ、 テニスは絶対、 おもしろいに決まってる!」
本人以外わからない理屈で納得して、 トオルはテニスを始める気になっている。
「ゲーム感覚で …… 遊びでテニスやられちゃ、 困るんだよね」
ハルキが冷たく言い放った。
「ハルキ …… てめエ、 さっきからオレにケンカ売ってんのか?」
突然、 トオルの目つきが変わって、 声に迫力が増している。
ラケットを武器にしていたのは、 あながちウソではないようだ。
明らかに、 彼はケンカ慣れしている。

ふたりの間の空気が、 ピーンと張り詰める。
「だったら、 どうする?」
あくまでもハルキは挑戦的だ。
「遊びが困るんなら …… マジでやったら、 どうなんだ?」
その場にいた誰もが、 トオルの言葉の意味を良く呑み込めずに、 次の言葉を待っていた。
「オレはテニスの事は、 よくわからねェ。
けど、ハルキ。  てめエが嫌なヤツだというのは、 よくわかった」
彼の 歯に衣を着せぬ物言いに、 奈緒のほうがドキドキした。
「拳じゃ簡単にカタついちまうからな。 ハルキ、 てめえの土俵で勝負してやるよ」
「ん …… ?」
ハルキを真っすぐ見据えたトオルの目が、 一瞬光ったように見えた。
「テニスで、 テメエをぶっ倒す!」
こうしてトオルは、 転校してわずか数時間の間に、 生涯のライバイルを見つけたのだった。



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