第4話 肉だんご

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先の宣戦布告を聞いて、 テニス部の一年達が
トオルの周りを囲んでいた。
奈緒も一刻も早く、 話に参加したかったが、 まだ
弁当を食べ切れていなかったので、仕方なく口を
動かしながら、 目と耳は隣の席に向けていた。
彼女にとって、 これは至難の業であった。
一度にふたつの事、 つまり、 「ながら」 が出来ない体質。
要領が悪いともいう。

「やめといた方がいいですよ。
今からでも謝れば、 なかった事にしてくれるのでは?」
小心者の久保田が、 ハルキに謝罪するよう、 トオルを説得している。
久保田は 「偉い者には巻かれろ」 のタイプだ。
「まあ、 ハルキを敵にまわして、 得するヤツはいないと思うよ。
父親は高等部のコーチだし、 先輩達も一目おいてるからね。
今月のバリュエーションで、 地区大会のレギュラーに入るって、 噂もあるぜ」
久保田と同じ、 テニス部1年の高木が、 冷静に状況を分析している。
「バ、バリバリ…… って何だ?」
「バリュエーション。 大会のレギュラーを決める為の、 校内試合のことだよ」
「つまりランキング決定戦って事か?」
「う〜ん、 そこがちょっと違うんだよね。 うちの部は …… 」

今日に限って、 肉だんごを五つも弁当に入れてしまったことを、 奈緒は後悔した。
ここは、 食べるスピードを緩めて、 高木の説明に集中した方が、 得策のようだ。
じっと 耳を澄ます奈緒の隣で、 高木が説明を続ける。
「ランキング決定戦なら、 単純に試合に勝った選手を、 上位から選ぶだけだろ?
だけど、 うちのバリュエーションは、 選手の査定も兼ねているんだよ」
「つまり、 こういう事よ」
今度は、 塔子が引き継いだ。
「まず、 一回の試合に出られるのは、 ダブルス4人、 シングルス3人の合計7人。
でも、 うちのレギュラー枠は10人。 3人分、 多いでしょ?」
人前で説明するときの彼女は、 生き生きとして見える。

「これは、 相手校の特徴に合わせて、 その都度10人の中から、 対戦する選手を決めるからなの」
塔子の話によると、 レギュラー10人が決まるまで、 二段階あると言う。
まず、 午前の試合で、 現レギュラーが2ブロックの総当たり戦をして、順位を決める。
この時点で上位8名までは、 レギュラーに残る。
これがまず第一段階。
同時に、 レギュラー以外の部員から、 4ブロックの勝ち抜きで上位2名を選出する。
ただし、 体力測定で基準値に達していない者は、 この勝ち抜き戦にも参加できない。
そして、 現レギュラーの最下位2名と、 レギュラー以外の上位2名が、
残り2名の枠を賭けて、 勝ち抜き戦をする。
これが二段階目の、 レギュラー決定戦だ。
万一、 ここで負ければ、 今までレギュラーだった人間も、 すぐにレギュラーから外れる。
つまり、ノン・レギュラーに降格する。
こうして、 10名選んだ後、 午後の試合で、 コーチ達が査定をして、
最終的に、 試合に出る選手を選考するのが、 バリュエーションの仕組みだった。

「だから、 午後のバリュエーションで負けても、 内容によっては、
試合に出させてもらえるかもしれないのです」
久保田がうれしそうに続けた。
さすが、 偉い者には巻かれろの久保田。 当然、 強い者にも巻かれるらしい。
「んなわけないでしょ! 基本は勝利よ、 勝利!」
塔子が、 あっさり否定する。
「このバリュエーションは、 高等部の日高コーチが三年前に導入して、 成果をあげているわ。
効率よく勝つっていうのかしら、 パワー系の選手には、 体力がある選手で対戦させるとか、
学校のカラーを分析して 日高コーチと顧問の恩田先生、 それから 部長、副部長 で決めているみたい」

肉だんごが、 あと三つになった奈緒は、 自分で自分を応援していた。
よし! あと三つ。 がんばれ、 私 ――
「へえ。 でも、なんで高等部の日高コーチが中等部に?」
詩織が、 奈緒の聞きたい質問を、 代弁してくれた。
「なんだかんだ言っても、 元プロだからね。 見る目は確かなんじゃない。
バリュエーションと、 大きな大会の時だけは、 中等部に顔を出すみたいよ。
それに、 恩田先生だけじゃ、 ちょっとねえ」
塔子が高木に目配せをする。

顧問の恩田は、 「恩ジィ」 と呼ばれているが、 別名 「眠り猫」 とも言われていた。
ふだんは 寝ているのか、 起きているのか、 わからないような
目をつぶったままの状態で、 中等部の顧問をしている。
「何しろ高齢だからね。 ほとんど喋らないから、 よくわからないけど …… って真嶋、 聞いてる?」
高木につられて、 奈緒がトオルに目をやると、
彼は長い説明に飽きたのか、 机の上にパンを広げて食べ始めていた。
「あ〜、 聞いてない。 しかも、 また食べてるし。
さっき、 お弁当食べていたはずだけど、 あれは購買部のパン? いつの間に買ってきたんだろう?」
自分の弁当さえも、 食べ切れていない奈緒は、 隣の転校生の早業をうらやましく思った。
「要は、 アレだろ?」
やきそばパンとカレーパンを同時に口に運びながら、
「勝ちゃいいんだろ?」
トオルがニッカリ笑う。
「はあ〜。 テニス知識ゼロの、 原始人のアンタに、 真面目に説明したアタシが馬鹿だったわ」
今までの説明が、 全く無駄だとわかった塔子は、 呆れながら入部案内をトオルに渡した。
「そうね、 真嶋。 アンタは まず、 用具揃える事から始めなさい。
ほら、 これ入部案内」
「おっ! サンキュー、 マネージャー!」
今度は紅茶飲んでる。 あ、 まだタマゴサンドも持ってる ――
見るたびに、 違うものを口に入れているトオルに、 奈緒は尊敬すら感じてきた。

「ラケット …… ある、 バッグ …… ある、 シューズ …… いらねぇ」
「あのね! そんなボロボロの『護身用ラケット』で、 テニスできるわけないでしょ!
バッグだって、 ズタ袋で部活こられたら、 光陵テニス部みんなの恥なの!」
「塔子、 ラケットは基本的に護身用ってのはないよ」
奈緒は、 心の中で短いツッコミを入れていた。

「けど、 オレ、 金ねえし」
「誰もアンタに出しなさいって言ってないって。 ご両親に出してもらえばいいじゃない。
ご両親、 ちゃんといるんでしょ? それとも真嶋って、 みなしごだったの?」
「親はちゃんといる。 勝手に殺すんじゃネエ」
「だったら …… 」
「うちの親は、 学費以外は絶対出さない主義なんだよ。
『テメエが好きでやるんだから、 テメエで何とかしろ!』 って言うに決まっている」
「さすが真嶋家、 そのぐらいは言うでしょう。 なんたってテニスの存在、 教えなかった家族だし」
トオルの説明に、 奈緒は心の中で納得した。
「だけど、 せめてテニスシューズぐらいは買わないと、 必需品だよ。
うち中等部のコートは運動靴だと、 滑りやすいからケガするって」
「んじゃ、 裸足じゃダメか?」
原始人といわれているのに、 それを肯定するような発言をしている。
「それで練習になるわけないでしょ! コートにだって入れてもらえないって!」
「しゃーねエなあ …… やっぱバイトすっか!」
本気で彼は言っているらしい。
「出来るわけないでしょ、 中学生で」
「げっ! マジ?」
「マジって、 真嶋 …… 岐阜ではバイトしてたの? 小学生だったでしょ?」
「ああ、 けっこうやらせてもらえたぜ。 農園とか、 牧場の仕事手伝ったり」
それって、 勘太の家だったりして ――
奈緒は口を動かしながら、 心でツッコミを入れるパターンにも、 かなり慣れてきた。
「とにかく、 シューズ履かなきゃ、 テニス部の入部認めないからね。 用意しておきなさいよ!」
同い年にもかかわらず、 威厳たっぷりの塔子は、 トオルにしっかりと念を押して、 席に戻っていった。

もう少しで、 肉だんごとの格闘が終わろうとした矢先に、 会話が終わってしまった。
あ〜、 あと一つで肉だんご完食だったのに、 話終っちゃったよ。 残念 ――
自分のトロさを恨みながら、 奈緒が顔を上げると、 目の前にトオルが沈んだ表情で立っていた。
しかも、 珍しく口ごもっている。
やっぱりショックだったのかな ――
さっきの会話を聞いていた奈緒は、 彼がシューズを買えなくて、 落ち込んでいると思っていた。
何とかしてあげたいが、 自分のシューズではサイズが合わない。
どうしたものかと思案していると、 彼がポツリ、 ポツリと話し始めた。

「あのさ、奈緒 …… じゃなかった、 えっと、 その、 苗字何だっけ?」
「えっ、 西村 …… 」
「あ、 そうそう、 西村。 あのさ、 オレ …… おまえに、 迷惑かけてたみたいで、 ゴメンな」
突然の彼の謝罪に、 ひどく動揺してしまった。
「名前、 呼び捨てしてて。 今朝、困った顔してたから、
何か手伝った方がいいのかなって思ってたけど …… オレが困らせてたんだよな。 ほんと、ゴメン」
「あ、 もういいよ。 気にしないで」
本当はひどく困惑したが、 完全に視線が下を向いているトオルに、
これ以上、 追い討ちをかける気にはなれない。
「何か、ズレてるよなあ …… オレ。 こういうの、浮いてるっていうのかな。
宮越の事も、 学級委員見るの初めてで。 うちの学校、人数少なくて、 そんなのいなかったから 」
自分の感覚からすると、 学級委員はそれほど珍しい生き物には見えない。
けれど彼にとっては、 それがヒーローでも見るような、 貴重な存在だったらしい。
「感動して、 すっげェって叫んじまって、 アイツまだ、 怒ってるみたいだし。
オレ、 この学校にいたら、 また知らないうちに、 いろんなヤツに迷惑かけちまうんだろうな」

この人、 自分のことで落ち込んでたんじゃないんだ ――
彼の落ち込んでいる原因が、 宮越や自分に迷惑をかけたからだとわかると、
トオルが気の毒に思えてきた。
最初はかなり戸惑ったが、 よくよく彼の育った環境を考えると、
それは決して悪意があってしたことではない。
山奥の小さな学校から、 生まれて初めて都会に出てきて、 自分以上に戸惑ったに違いない。
きっと、 心細かったりしたんだよね ――
奈緒は、 この時初めて、 トオルを直視した。
目の前の少年は、 まるで母親に叱られて しょんぼりしている子供のように見えた。
彼を見ながら、 ふと、 自分の弟を思い出す。
いつもはヤンチャばかりして、 手がつけられないが、
奈緒が困った時には、 彼なりの方法で助けようとしてくれる。
そして、 その方法があまりに無鉄砲で 、
母親に叱られては、 こうして奈緒のところでしょんぼりしているのだ。

「あのね、トオル …… 」
自然と彼の名前を口にしていた。
「知ろうとすれば、 いつかきっと、 解り合えるから」
「えっ …… ?」
「みんなトオルの事、知らないから、 最初はびっくりしたり、 困ったりするけど ……
お互い知ろうとすれば、 必ず、解り合えるよ」
それは、 奈緒が今まで口に出来なかった「願い」 でもあった。
「知ろうとすれば、 解り合える」
母親に、 先生に、 他の友達みんなに、 自分のこと、 わかって欲しかった。
運動音痴で、 要領悪くて、 内気だけど、 でもそういう自分を受け止めて欲しかった。
「西村…… ? 今、 トオルって …… 」
「うん、そうだよ。 もう、 トオルのこと、 わかったから。
私のことも奈緒って呼んでいいよ」
トオルはしばらく、 不思議そうな顔で奈緒を見ていた。
自分でも不思議だった。
素直な気持ちを口に出来た自分。
あんなに恥ずかしかったのに、 トオルって呼んでいる自分。
だけど、 きっとそれは、 トオルの瞳のせいかもしれないと思った。
混じりけのない澄んだ琥珀色。
この瞳が、 奈緒に心の扉を開かせる。
「この人はやっぱり、 運命の人 …… ?」

トオルは、 満面の笑みを奈緒に向けた。
「なあ、 奈緒。 おまえの肉だんご、喰っていいか?」
うつむいてたのは、 肉だんご狙ってたんかい!
今の取消し、 絶対取消し! 運命の人なんかじゃないって ――
奈緒がOKを言う前に、 トオルはすでに 肉だんごを口に運んでいた。
あんなに 食べるのに時間がかかっていた肉だんごも、 彼にかかれば一瞬で消えてしまう。

突然、 トオルの動きが止った。
「マズかったのかな?」
「う、う、 うっめエエエエエエ!」
教室中に響き渡る声だった。
田舎モンは声がでかい。
「奈緒、 すっげエな、 おまえ。 これ奈緒が作ったのか? おまえ天才だよ!」
「肉だんごで、 ここまで感動しなくても。
やっぱり苗字で呼ばせておけばよかった」
心の中で後悔した。

「サンキュー、 奈緒」
少し照れ顔で、 トオルがつぶやいた。
あ …… 今の表情、 ナポレオンパイ ――
「おまえのおかげで、 なんか元気出てきたぜ」
もしかして、 私、 役に立ったのかな? 誰かの役に立つって、うれしいかも ――
「おまえ、 器用なんだな」
「そんな事ない!」
思わず、 奈緒は大きな声を出して否定した。
器用と呼ばれたことなど、 生まれて一度もなかった。
「トロいし、 運動音痴だし、 テニススクールだってね、 途中でやめちゃったし。
それに、 友達もすぐ作れなくて、 家族じゅうで心配されてるんだよ。 要領悪い証拠だよ」
奈緒は、 考えつくかぎりの不器用な証拠を並べ立てた。

「けど、 もう作ってんじゃン、 新しい友達」
「え?」
「ほら!」
トオルが自分のことを指差して、 イタズラっぽく笑っている。
「あ …… 」
「おまえ、 もしかして、すげエ奴なのに、 自覚ねエのか?」
信じられないという顔で奈緒を見ている。
奈緒をすごいと思った人間は、 先進国でこの人が初めてではなかろうか。

「え……だって、 私すごくなんかないし……」
「肉だんご …… うまかった」
彼は、 真面目な顔で言っている。
ちょっと自信作だったけど、 でも ――
「あれは、 昨日のハンバーグのタネもらって、 それで …… 」
「でも、 うまかった。 それでいいじゃねえか、 なっ!」

うれしかった。
素直にうれしかった。
肉だんごの味を誉められたからではなく、 トオルの言葉は、
まるで 「奈緒は奈緒でいいんだ」 と言ってもらえたように聞こえたからだ。
澄んだ琥珀色の瞳が、 奈緒に笑いかけている。
さっきは全然気づかなかったが、 なんて優しい目をしているんだろう。
「さっきの取消しは取消し!」
真っ直ぐに彼の瞳を捉えて、 奈緒も微笑み返した。
「今度、 多めに作ってくるね、 肉だんご!」



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