第5話 龍之介からの挑戦状
運動音痴の奈緒が珍しくダッシュしている。
帰りのホームルームが終ると、 トオルは猛スピードで
教室を出て行った。
奈緒の勘では、 恐らくテニス部に直行したに違いない。
しかしシューズの件は解決していないはず。
「一体どうやって入部するつもりなんだろう?
塔子にあんなにきつく止められたのに」
すごく気になったが、 こういう日に限って、
放課後の掃除当番で足止めを食ってしまった。
どんなに要領よくやったとしても、 奈緒のレベルでは
20分はかかってしまう。
やっとの思いで、 下駄箱に着く。
「あとはテニスコートまで、 もう一度ダッシュ!」
昼間のトオルの落ち込んでいる姿が頭をよぎる。
シューズがなくて、 テニス部員に笑われたり、 今朝のホームルームのような騒ぎになって、
入部できなかったりしたら…… と思うと、 自然と足が速くなる。
「テニス部の人たちは、 トオルの事をよく知らないんだし、 何かあったら私が説明しなくちゃ」
普段は内気で臆病な奈緒だが、 弟のことになると、 無意識のうちに行動的な姉に変身していく。
トオルは弟ではないが、 昼休みに見せた彼の仕草や態度から、 似たような感情を抱いていた。
ところが彼女の心配は、 テニスコートの側まで来たとき驚きに変わった。
「だ〜か〜ら〜、 おっさんのテニスクラブでバイトさせてくれって!」
トオルが、 コーチの日高に向かって、 大声で怒鳴っている。
事情を知らない人が見れば、 とても頼んでいる姿とは思えない。
「コーチと呼べ、 コーチと!」
いつもは「渋い大人の男」 のイメージを保っている日高が、 珍しく熱くなっている。
日高はハルキと対照的に、 浅黒く、 どちらかというと大柄だった。
元プロというのは、 伊達ではない。
鍛えられたバランスの良い体格をしていて、 隣にいるトオルが小学生に見えるほどだ。
「ボール拾いでも、 プール掃除でも、 何でもやるって」
身長差をものともせずに、 「小学生」 が大人に食い下がっている。
奈緒の予想通り、 トオルは、 裸足のままコートに入っていた。
恐らく、 彼が猛スピードでコートに直行したのは、 塔子よりも先にテニスコートに入ろうとしたからだろう。
彼女よりも先に入れば、 とりあえずは門前払いを受けることはない。
「コーチが、 バイトの公認できるわけないだろうが!」
日高の語気が荒くなっている。
「それじゃあ、 おっさんはコーチのくせに、 部員のオレがテニス出来なくても、 構わないって言うんだな?」
妙な言いがかりでトオルも応戦している。
こういうのを屁理屈というのだ。
彼らの隣で、 温厚な恩田先生が、 早速凍っている。
テニス部の部員達も、 この騒ぎに気がついて、 徐々に集まっていた。
とその時、
「サイズ、 いくつ? 俺のでよかったら、 使うかい?」
先輩のひとりが声をかけた。
トオルの顔が パッ と明るくなる。
「マジっスか? 24なんスけど…… 」
「ああ、 OKだ。 母親が弟のサイズと間違って、 小さいサイズで買ってきちゃってさ。
確かまだ部屋にあったから、 明日には持ってこられると思うけど」
「ありがとうございます! 先輩! けど、俺 …… 今、金ないんス。 ローンで払っていいっスか?」
「ローンって …… あんたはホントに中学生?」
フェンス越しに様子を伺っていた奈緒は 、 思わず心の中でツッコミを入れた。
「いいよ、お金はべつに。 母親がフリマで買ってきちゃったヤツだから。
ああいうとこで買ったのは、 返品できないだろ? 俺も誰かに使ってもらえるなら、 その方が助かるし」
「ええっ〜! 太一、 ソレ、 俺ッチ使おうと思ってたのにィ」
脇から同じ顔の先輩が、 ひょっこり現れた。
双子のようだが、 いまひとつ、 違和感がある。
「いいじゃないか、 陽一。 気にいらないからって、 俺の部屋に置きっ放しのくせに」
驚いた様子のトオルに向かって、 先輩が自己紹介を始める。
「ああ、ゴメン。 俺は二年の伊東太一朗で、 こっちは双子の弟の陽一朗」
やっぱり双子だった。 双子なのに、違うと感じた原因は、
黒髪の太一朗に対して、 陽一朗が金髪だったからだ。
「二人合わせて、 太 ・ 陽 になるんだよね〜」
茶目っ気たっぷりで 陽一朗が答えた。
同じ顔ではあるが、 太一朗の方が髪型のせいか、 大人の雰囲気だ。
双子といえど、 陽一朗には次男坊色がしっかりと出ている。
「同じ伊東だから、 俺の事は太一でいいし、 こっちは陽一って呼んでくれ。
それで、 君は …… ?」
「オレ、 真嶋トオルです。 今日からテニス部、 入部します。
宜しくお願いします!」
ペコリと頭を下げたトオルの背後から、 日高コーチが蹴りを入れた。
「まだ入部許可したつもりはないんだがな」
「おっさん」 呼ばわりされた事を、 まだ根に持っているのである。
この年齢のオヤジ達は、 見かけによらず傷つきやすい。
「中年、 ハゲ、 オヤジ」 の類は禁句である。
例えオヤジの髪がまだフサフサしていても、 「薄くなったんじゃない?」 と言われただけで、
真剣に鏡を覗いてしまう程、 中年に差しかかった男はナイーブに出来ている。
「なんだと、このクソじじィ! シューズも揃ったんだし、 いいじゃねえかよ!」
先輩に対しての言葉遣いと、 コーチに対する言葉遣いに、 かなりのギャップがある。
しかも、 今度は 「クソじじィ」だ。
日々、 ヤンチャ盛りの少年を相手にしている日高は、 大塚のように甘くはない。
キレると弾丸スマッシュが炸裂するのである。
タン、タン、タン ……
ボールを三回地面に向けて、 バウンドさせる。 弾丸スマッシュ発射の合図だ。
元プロのテニスプレイヤーだが、 狙った獲物を逃すことはない。
スパ〜ン!
「痛ってェ〜! なにすんですか、 コーチ!」
文句言っているのは陽一朗だった。
「そんな遅せえ球じゃ、 カメだって倒せねエぜ、 おっさん!」
一瞬のうちに弾丸スマッシュを避けたトオルが、 コーチに追い討ちをかけていた。
あっかんべエまでして、 ただの ガキのケンカになっている。
「ほほう、 なかなかの反射神経ですね、 真嶋君は」
顧問の恩田先生が口を開く。
凍っていたのではなくて、 単純にボケていただけだった。
「うるさい! 文句あるなら、 トオルに言え!」
悪ガキの挑発で熱くなった日高が、 陽一朗に逆ギレしている。
「陽一、 コーチ命令だ。 トオルをとっ捕まえて、 ボコボコにして来い!」
「ラジャ〜!」
陽一朗が、 待っていましたとばかりに、 ものすごいスピードで追いかけてきた。
「ゲッ! 陽一先輩 …… なんでオレ?」
一瞬のうちに、 戦闘相手が 「おっさん」 から 「先輩」 に代わり、 さすがにトオルは動揺している。
「さあて、 どうしようっかな〜? あ、おまえ裸足だよな。
シューズで踏まれると 痛いだろうなあ、 その足! グフフフッ!」
今度は、 陽一朗が悪魔になっている。
どうやらトオルは、 人を悪魔にかえる天才かもしれない。
テニスコートは大変な騒ぎと化していた。
足を踏まれないよう、 必死で逃げるトオルと 、 それを追いかける陽一朗。
行き交うテニスボールとラケットの間を、 アメフト選手のようにすり抜けながら、 二人のレースが続いていた。
「コーチ。 なんですか、 この騒ぎは?」
部長の成田が混乱を鎮めようとするのを、 日高が素早く静止した。
「まあ、成田。 あの二人、 もう少し様子を見てみようや」
「しかし、 このままでは部活に支障が …… 」
「まあ、そうカリカリするな。 大人になれ、 部長」
「おまえに言われたくない」 と思っていたが、 部長という立場上、 成田はコーチの指示に従った。
「瞬発力 …… 合格、 スピード …… 合格、 柔軟性 …… 合格、 持久力はもう少しでわかるだろう。
陽一が先にへばるか、 トオルがへばるか。 おまえ、 どっちだと思う?」
日高の目がキラリと光る。
まるで、 獲物を品定めしている野獣のような目だ。
成田が答えに詰まっていると、 隣にいた顧問の恩田が、 なごみ口調でコーチに話しかけてきた。
「さすが、龍之介君の息子さんですね、 ホッホッホッ!」
恩田はトオルの父親を知っているらしい。
その様子を見て、 成田に新たな疑問が生まれる。
「俊足では部内で 1, 2 位を争う陽一が、 追いつけないなんて …… コーチ、あの一年は?」
日高がニヤリと笑みを浮かべながら答えた。
「ありゃ、龍之介からの挑戦状だよ」
日高の予想通り、 あと数分でレースが終りそうだった。
楽しげに走り回っているトオルに対し、 陽一朗の息が荒くなってきたのが、
成田の目にもハッキリと見て取れる。
しかし陽一朗は、 ダブルスの中核を担うレギュラーのひとり。
先輩の意地をかけて、 最後の猛ダッシュをしかけてきた。
と、 トオルの動きが止った。
「ラッキー、 やっぱ体力的には、 俺ッチの勝利ってとこかな?」
そう言って、 陽一朗が飛びかかろうとした寸前で、 方向転換してトオルが逃げる。
再び、トオルが止る。
陽一が飛びかかろうとした寸前で、 更に逃げる。
「へへっ! 陽一先輩、 こっちこっち!」
ヤンチャ坊主丸出しの顔で、 トオルが陽一朗を挑発している。
「持久力、 それから洞察力も合格のようですね、 コーチ」
成田の目にも、 新入部員が優位にいるのは明らかだった。
「体力が限界のところへ、 ラストスパートのタイミングを、 わざと外させる。
予測できない分、追いかける方が体力を消耗する ……
なかなか、頭のいい坊やみたいだけど、 いったい何者?」
三年の滝澤が成田に聞いてきた。
この騒ぎで3年生達も集まってきたのだ。
「日高コーチ?」
三年生を代表して、 ふたたび成田が答えを催促した。
「おまえら、 真嶋龍之介 って知っているか?」
トオルから視線を外さずに、 日高が三年生たちに聞く。
「あ、 あのスポーツ科学者の……?」
いつもはクールな唐沢が、 珍しく反応した。
「おお、 さすが副部長。 よく知っていたな。
アイツは、 日本より海外での方が、 知名度が高いんだがな」
「兄貴が読んでいた雑誌で、 偶然見た記憶があったから …… 」
副部長の唐沢には、 高校2年の兄がいて、 同じ光陵テニス部の先輩と後輩でもある。
「真嶋龍之介は、 トオルの父親だ」
「コーチ。 さっきおっしゃっていた 『龍之介からの挑戦状』 というのは?」
成田がたたみかけるように、 質問を重ねる。
「龍之介の理論は、 基礎体力、 運動能力、 それに精神力の 三つが基軸となる。
この 三本柱が土台となって初めて、 専門のトレーニングの成果が出せる。
これがヤツの基本理念だ。 だが、 今の日本でそれを実践するには、 非常に効率が悪い」
「必要な基礎体力をつけるにしても、 すべてが便利になり過ぎているということですよね」
唐沢が補足した。
「ああ。 だから、俺もそうだが、 息子のハルキには、 テニス専門の英才教育を徹底的に施し、
基礎体力の方を、 必要最低限おぎなう形をとってきた。
だが、 龍之介は俺と正反対のやり方で、自分の理論を貫いた」
「正反対のやり方 …… ?」
その場にいた三年の誰もが、 首をかしげた。
「テニスに必要な 三本柱の基礎体力、 運動能力、 精神力を養える環境 ……
それが、 トオルが育った岐阜の山奥だ。
龍はそこで 息子にテニスの存在を知らせずに、 ラケットとボールだけを渡した」
コーチの説明から、 龍之介の理論の正当性が、少しずつ 明らかになっていく。
「ヤンチャなトオルは、 それを野生の動物を倒す武器として使い、
時には果物を採る為の道具として使ってきた。 テニスのルールは知らないだろうが、ヤツは
ラケットとボールを、 自分の手足のように 自由に使いこなせる」
「山の中なら、 テニスのスタイルにとらわれずに、
自然の中で遊びながら、 必要な運動能力が身につくわけですね」
ようやく成田は、「挑戦状」 の謎を解いていた。
テニスのスタイルを教えずに、 ラケットとボールだけを与えるという、 特殊な環境のおかげで、
トオルは無意識のうちに、 テニスをプレーするのに必要な 「三本柱」 をクリアしている。
そして、次のステップにいかせるために、龍之介は息子をこの学園に送り込んだのだ。
日高にとってみれば、 まさしくトオルは 「龍之介からの挑戦状」 ということになる。
「恐らく、 トオルの運動能力値は、 うちのレギュラーの平均値に届いているはずだ」
トオルを追いかけていた日高の視線が、 今度は部長の成田に向けられた。
「成田。 陽一が恥かく前に、 そろそろ終らせてやるか?」
「わかりました」
長いレースがようやく終った。
陽一朗はコートの隅で、 大の字になってバテている。
成田の指示で、 シューズのないトオルは、 今日一日、 校庭で体力測定をすることになった。
ぐったりしている先輩に対して、 山育ちの新入部員は、 まだピンピンしていた。
彼は、体力測定前の準備運動ぐらいにしか、思っていない様子だ。
「問題は …… 」
日高が 成田に向かってつぶやいた。
「トオルは、 実戦経験がゼロってことだ」
「それが、 どれほど俺たちに追いつけるのか、 楽しみですね」
「テニスの英才教育を受けたハルキと、 自然の山奥でテニスを知らずに育った真嶋。
どっちの理論が正しいか …… ふ〜ん、おもしろくなってきた」
クールな唐沢が、 長い前髪を掻きあげながら、 ニッコリ笑う。
「どっちが勝つか、 賭けてみようか、 滝澤?」
「いいえ、結構よ。 海斗がその顔する時は、ロクなことないから」
唐沢の誘いに対し、 滝澤は身体をよじらせながら、 頑なに拒否した。
「ん〜、残念。 じゃ、他のヤツに聞いてこようっと …… 」
ギャンブル好きの唐沢が、 鼻歌まじりに部室へと足を向ける。
「それで海斗は、 どっちに賭けるつもり?」
「それ教えたら、 おもしろくないって。 ひ ・ み ・ つ !」
「もう、ケチ!」
「ただ …… 」
一瞬だけ真顔になった唐沢が、 立ち止って断言する。
「今度のバリュエーション、 必ず入ってくるよ、 アイツら」
どうやら、 取り越し苦労だったと、奈緒は思った。
穏便にとは言えないが、 トオルはなんとかテニス部に入部できた。
もう少し彼の様子を見ていたかったが、
テニス部の親衛隊に間違われるのが恥ずかしくて、 そそくさとコートから離れてしまった。
光陵学園はテニスを始め、スポーツが盛んな学校なので、 各部に親衛隊がいるのである。
テニス部も例外ではない。
もっともトオルが目当ての親衛隊は、 いそうにもないが ……
「私も手芸部に行こうっと」
奈緒が下駄箱に戻ろうとした時だった。
「だからさ、 黙ってればわかんないから、 おっさん、 バイトさせてくれって!」
シューズをゲットしたにもかかわらず、 トオルはまだ、 アルバイトを頼んでいるようだ。
そろそろ日高も 「おっさん」 発言に慣れたらしい。
前ほど嫌な顔はしていない。
「シューズは太一からもらうんだし、 もういいだろう」
「いや、 ラケットがさ。 ここの網、切れちまった」
「これは、 網じゃなくて、 ガットっていうんだ。 どれ、見せてみろ。
ん?『R.MAJIMA』 ……っ て、 おまえ、 これ龍之介のラケットじゃないか?」
「ああ」
「ああって、 こんな古いラケットまだ使っていたのか ……
確かにモノはいいんだが、 いまどき木製のラケット 使っているヤツも珍しいぞ」
「けど、 オレずっとコレ使っていたから、 手に馴染んでいるっつうか、思い出もあるっつうか …… 」
よほど大切な思い出でもあるのだろう、 トオルがしみじみとラケットを見ている。
そして、 その隣でいつも感情を表に出さない日高も、
久しぶりに目にした親友のラケットに、 つい口元が緩んでいる。
「わかった、 俺がガット張り替えてやる。 貸してみろ」
「えっ? 金とんのか?」
ラケットを握り締めて、 トオルが警戒している。
「ガキから、 いや、 生徒から金取るわけないだろ!」
「うちのクソ親父はとるぜ」
「ったく、 龍のヤツも相変わらずだな」
そう言いながらも、 日高は喜んでいるように見えた。
慣れた手つきでガットを張り替えるコーチの隣で、 トオルが嬉しそうに思い出を語り始める。
「初めてイノシシ倒せたのが、 このラケットなんだよね。 オレにとっては勲章みたいなもんでさ」
さすがに、 トオルの大切な思い出は、 都会の人間とひと味違う。
「イノシシは何歳のとき、 どうやって倒したんだ?」
日高は驚きもせずに、 黙々とガットを張っている。
「えっと、 確か十歳の時 …… かな?
最初は イノシシの腹をねらって、 何発も打ち込んだんんだけど、
ボールの勢いが足りなかったみたいで、逆に襲われちまった」
少年は、左眼の上の傷を触りながら、 当時のことを思い返している。
「何回も挑戦して、 結局、 木の上から狙えば勢いがつくってわかって ……
そんで、 ヤツの眉間を木の上から一撃したんだ。 山の主だったんだぜ、 そいつ!」
自慢げにトオルが話している。
「その後の事はよく憶えてないんだけど、 とにかく必死でさあ …… 」
そこまで言い終えてから、 ふとトオルが、 ばつの悪そうな顔で日高に質問をする。
「なあ、 おっさん。 さっき相変わらずって言ったよな …… 親父のこと。
昔から金にセコかったのか?」
真顔で聞く親友の息子に、 日高は思わず苦笑する。
「いや、そうじゃない。 オレが相変わらずって言ったのは、 あいつは昔から不器用だったからだ」
「不器用? ウッソだろ〜? 結構 細かいぜ、あのクソ親父。
特に女のケツ追いかけるのは、 メチャメチャ抜け目ないって!」
父親の話題になると、 トオルは急にしかめ面になった。
テニスというスポーツを知らされなかった恨みもある。
だが、 それ以上に、 学者肌で偏った考えを持っている父を、 息子は疎ましく思っていた。
「それは、 アイツの中では、 どうでもいい事だからだよ」
「あん ……? どういう事だあ?」
「アイツは、 本当に大切なモノに対しては、
愛情のかけ方がわからないというか、 変わっているというか ……
まあ、 その、 なんだ。 おまえにも、そのうちわかるさ」
ガットを張り終えたラケットを、 トオルに渡しながら日高が続ける。
「ほれ、 ガットは俺からの入学祝いだ。 今日からこのラケットは、 テニスをする為だけに使えよ」
「わかってるって、 おっさん! サンキュ〜!」
護身用ではなく、 正真正銘のテニスラケット を手にして、 トオルは小躍りしていた。
「龍の息子か …… アイツも酷な事しやがるぜ」
今後の少年の運命を考えて、 日高は憂鬱な顔になる。
春の風が軽く渦を巻いて、 校庭に散らばる桜の花びらを吹き飛ばしていった。
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