第 12 話 告白(前編)
「真嶋、 俺は部員のプライベートにまで口出すつもりはないが」
そう前置きをしてから、唐沢が物憂げな瞳を夕日で染まった川原へと向けた。
「……大切な人が突然いなくなる事もある……」
実は、 彼の瞳が髪とは違う色だと気づいている者は、
案外少ないのではないか。
部活からの帰り道、 トオルは唐沢の話を聞きながら、
まったく別の事に気を取られていた。
ココア色した髪よりもずっと暗くて、 栗色よりは若干赤みを帯びた、
俗に言う鳶色をした瞳。
大事な意思確認をする時以外、 滅多に人と目を合わせる事がない上に、
普段は長い前髪で覆われている。
まるで内面での接触を極力避けるかのように。
それ故この事実を知るのは、 常に彼と行動を共にしている自分だけかもしれない。
今回も本音を言うのに、 わざと視線を外されたような気がした。
そして、 そこから漏れた呟きが、 トオルの胸を強く締め付ける。
涙を浮かべたわけでもないのに、 隣にいる先輩が悲しげに映るのも、 夕暮れ時の風のせいばかりではない。
以前にも、 この遠い目をした唐沢を見たことがある。
記憶を探るように視線をさ迷わせる仕草が、 軍師と呼ばれる男とは最も不釣合いな印象だった。
それだけに鮮明に覚えている。
あの頃は、 背負うものもなく前だけを見ていれば良かったトオルには、
なかなか辿り着けない頂点に想いを馳せているものと思っていた。
一人のテニスプレイヤーとして。
しかし今は、 それが彼の悲しい過去から来ていると、 直感的に判断できるようになった。
同じ経験をした者だけが知る、 過去を振り返る時の消え入るような眼差し。
大切な人が突然いなくなる。
何の前触れもなくプツリと途切れる日常は、 残された者にとって残酷以外の何物でもない。
その人が当たり前のように使っていた所持品が、 一瞬にして遺品となる。
共有できたはずの空間が、 無理やり思い出の場所に塗り替えられ、
共に進むべき道は、 届かぬ想いとなって突き返される。
悲しみを感じるのは、 ずっとずっと後のことで、 失った事実を受け入れるまでに、 トオルの場合は一年を要した。
そして唐沢は ―― たぶん、 まだ受け入れられずにいる。
夕風が撫でていった横顔から、 ふとそんな気がした。
「俺の話の最中に黄昏 (たそがれ) るとは、 いい度胸だな?」
風を避けるようにして振り向いた唐沢は、 いつもの厳しい部長の顔つきに戻っていた。
但し、 会話に集中しなかった後輩を本気で責めるつもりはないらしく、 口調はいたって穏やかなものだった。
「あ、 すみません……ちょっと考え事をしていて」
「まあ、 いい。 とにかくそういう事だから」
「えっ? そういう事って?」
「だから俺に迷惑かけるとか、 他の連中に悪いとか、 そんな風に考えるな。
自分の気持ちを伝えられる時に言わないと、 一生後悔する事もある」
「は、 はい」
「くれぐれも無駄に自分を追い詰めるなよ。
じゃ、 俺こっちだから」
軽く手を挙げ笑って見せてから、 唐沢は帰っていった。
深刻な話だったはずなのに、 最後には冗談めかして。
「先輩、 人のこと言えないッスよ」
薄紫の闇に消え行く背中に向かって、 トオルは聞こえない程の小さな声で言い返した。
後姿を自分で見る事は出来ない。
だからこそ、 本当の姿が現れる。
面と向かって相対している時は強気な部長を演じられても、 背中だけは本音を伝えてくる。
唐沢が限界まで自分自身を追い込んでいること。
背負うものが大き過ぎて、 今にも崩れそうな心を抱えている事も。
オレンジ色の夕焼けでさえ跡形もなく夜の闇に吸い込まれていくように、
遠ざかる彼の背中がひどく危ういものに見えた。
「オレにできる事なら、 何でもしますから……」
トオルは心に誓った。
少しでも背負う荷物が軽くなるなら、 唐沢が望むことは何でもしようと。
確かに決めていたのだ、 この時までは――
「もう勘弁してくださいよ、 唐沢先輩!」
翌日部室に入るなり、 トオルはさっさと川原での誓いを破り捨てた。
唐沢の望みは、 ろくでもない事が多いと判明したからだ。
「真嶋、 今さら逃げようなんて思うなよ。
せっかくオマエの為に一万五千円の席を用意してやったんだから」
昨日とは打って変わって満面の笑みでトオルを出迎えた唐沢。
彼の背後には、 向き合うように並べられた椅子とテーブルが四つ。
そこには将棋版と駒と、 金額の記されたプレートがそれぞれセットされている。
五千円からスタートして、 一万、 一万五千、 二万円の表示を見れば、
満面の笑みが意味するところも察しがつく。
今日と明日の二日間は、 光陵学園のイベントの中で最も華やかな学園祭が行われるのだ。
各クラスの催し物の他にも、 文化系クラブによる演劇やコンサートなど、
賑やかな内容がてんこ盛りの学園祭。
部活と家の往復で寂しい学生生活を送るトオルが、 唯一人並みの青春を実感できる貴重なイベントでもある。
昔より金額の跳ね上がったプレートを横目に、 トオルは精一杯の抵抗を試みた。
「オレ、 中等部の頃から、 まともに学園祭に参加した事ないんですよ? 誰かさんのせいで……
アメリカにいる時も、 ずっと後悔していたんですから」
「向こうの祭りの方が、 もっと賑やかだろ?」
「日本の学園祭は、 また別格なんです!
焼きそばとか、 たこ焼きとか、 食ってみたいんです!」
「素人が作った食いものなんか、 腹壊すだけだから止めておけ」
「ケンタ先輩のクラスのお化け屋敷にも来いって、 誘われているし」
「人間しか出てこないお化け屋敷へ入っても、 何の感動もないぞ」
「コンサートのチケットも買っちゃったし」
「後で軽音の奴等からビデオ借りてきてやる」
「だから、 そういう問題じゃなくて!」
「真嶋? いい加減、 観念したらどうだ?
テニス部員である以上、 『闇の学園祭』 に参加するのは当然の義務だ。
代々受け継がれているテニス部の伝統的出し物だからな。
せっかくの伝統を息子の代で潰しちゃ、 お父上に申し訳ないだろ?」
唐沢が浮かべる満面の笑み。 それは場合によっては、 悪魔に見える時がある。
テニス部の伝統とされる 『闇の学園祭』 は、 華やかに行われる 「健全な学園祭」 の裏で賭け将棋をして、
生徒達から金を巻き上げるという悪質な催し物だが、 このはた迷惑な行事を始めたのは、
何を隠そうトオルの父・龍之介である。
せめて一度ぐらいは健全な学園祭の方に参加したいと願うトオルも、 創始者の話をされれば返す言葉がない。
「唐沢先輩、 『部長になったら賭け事やめる』 って、 言いませんでした?」
無駄と分かっていながら、 トオルは次の一手を差し向けた。
「『やる暇がなくなる』 と言っただけで、 『やめる』 と言った覚えはない。
学園祭の間は部活も休みだから、 お互い基本に戻って稼ごうぜ」
「オレの基本は、 こんな所にないですよ」
「テニスの技術はまだまだが、 将棋に関しては俺の右腕と呼んでやってもいい」
「いえ、 先輩の右腕を目指すのはダブルスだけで充分です」
「そう遠慮するな。
俺が部長になった限りは、 昔みたいに成田に気を遣わずに堂々と荒稼ぎできる。
なんだったら、 もっと金額を高くしてやってもいいぞ。
共に光陵テニス部の歴史を塗り替えてみないか?
オマエの親父さんと日高コーチで打ち立てた過去最高記録が三十六万八千円だから、
俺達の目標額は思い切って五十万にしよう。
ハッキリ言ってイン・ハイで優勝するより、 こっちの方が勝算あるし」
部長としての自覚を刺激する作戦に出たつもりが、 逆にギャンブラーとしての意欲を駆り立ててしまったようだ。
この時ほど成田に戻ってきて欲しいと願ったことはない。
唐沢が部長となった今、 彼の暴走を止められる者がいないのだ。
部内にも、 恐らく校内にも存在しないだろう。
長い押し問答の末、 部活以上にやる気を見せる先輩には逆らえないと悟ったトオルは、
溜め息をついて一万五千円の席に座った。
ところが、 マネージャーの塔子がいきなり部室へ飛び込んできた事で、 事態は急変した。
「真嶋いる!?」
肩で息をする彼女を見て、 トオルは 「しめた!」 と思った。
この慌て方からして、 急ぎの用事で自分を呼びに来たに違いない。
クラスの出し物で不手際があったとか、 大道具の人手が足りないとか。
いずれにせよ、 これは 『闇の学園祭』 から逃げ出す絶好のチャンスである。
だが、 そんなお気楽な期待は瞬時に掻き消された。
「奈緒、 見かけなかった?」
「いや……」
「朝から探しているんだけど」
「手芸部じゃねえのか?」
「それが手芸部の先輩達から聞かれたの。
当番なのに展示室にいないからって」
「教室は?」
「最初に探したわよ」
「携帯は?」
「何度かけても繋がらない」
「まさか、 どっかで倒れているんじゃないだろうな。
アイツ、 あんまり丈夫じゃないくせに根詰めるタイプだから」
中等部にいた頃の数少ない思い出が、 一つ、二つと頭の中で甦った。
トオルのカバンを徹夜で修理して倒れた事や、 アメリカへ発つ日に赤い目でリストバンドを渡された事。
彼女は多くをこなす器用さはないが、 一つの事をやり遂げる意志の強さにかけては、
体育会系男子でさえ目を見張るものがある。
ただ直向 (ひたむき) に一つの事を。
ただ直向に一人の人を。
昔の思い出と交差するように、 記憶に新しい体育倉庫での一件が浮かび上がった。
「どうして今頃になって戻ってきたのかな? 光陵学園に?」
あれ以来、 トオルは奈緒を避けていた。
宮越に言われたからだけではなく、 彼女に対する負い目がそうさせた。
三年間、 彼女は変わることなくトオルを想い続け、 ひたすら帰りを待っていてくれた。
それに対し自分がアメリカでして来た事は、 ストリートコートで人を傷つけ、 大切な恩人を死に追いやり、
挙句の果てに他の女性と付き合い彼女を裏切った。
我ながら最低としか言いようがない。
この負い目から、 トオルは奈緒に近づく事が出来なかった。
自分のような最低の人間が、 彼女と一緒にいてはいけない。
もう、 これ以上誰かを傷つけるのは嫌だから。
傷つけてしまう自分を見るのが怖いから。
思考の止まったトオルに代わり、 唐沢がテキパキと対策を立てていった。
「倒れたにしても、 警備担当の連中が知らせに来るはずだ。
今日は学園祭だし、 人の出入りも多い。 念の為、 俺達も探した方がいいな」
「ええ、 まあ……」
「俺がここで連絡係をやる。
出来るだけ情報集めて知らせるから、 オマエ達は彼女が行きそうな場所を片っ端から探せ」
言った傍から、 唐沢は携帯電話のアドレスを開いた。
手際よく出された画面には、 生徒会長を始めとして、 各クラブの部長や委員長と、
そうそうたるメンバーの番号がずらりと並んでいる。
さすが軍師と呼ばれる男の情報網は半端ではない。
「じゃあ先輩、 何か分かったら連絡お願いします。
オレ達は心当たりを探してみます」
唐沢から出された指示が最も的確だと納得し、 トオルは塔子を連れて部室を飛び出した。
「まずは、 手芸部の展示室に行ってみよう。
何か手がかりがあるかもしれない」
「奈緒に万一の事があったら、 真嶋、 アンタのせいだからね!」
「な、 なんでだよ?」
「分かっているくせに。 奈緒、 最近ずっと元気なかったよ。
アンタのせいでしょ?」
「別にオレは何も……」
何もしないどころか、 彼女の顔すらまともに見ていない。
しかし塔子の指摘は手厳しかった。
「何もしなければ、 傷つけずに済むと思っているわけ?
アンタみたいな男を三年も待っていた時間まで、 消えてなくなるとでも思ってんの?」
「そんなこと誰も……」
思っていたかもしれない。
テニスに没頭する事で彼女の存在を頭から消して、
目を合わせない事で過去の自分をさらけ出さなくても済むと思っていた。
大切な人が突然いなくなる事もある ―― 昨日唐沢に言われたセリフが脳裏をかすめた。
「駄目だ、 絶対に……!」
階段を駆け上がるトオルの頭の中で、 部室での現象がまた起きた。
過去の思い出と、 帰国してからの新しい記憶の交差。
隣の席で微笑みかける彼女と、 体育倉庫で不安げな眼差しを送った彼女と。
「どうして今頃になって戻ってきたのかな? 光陵学園に?」
本当は、 答えならとっくに出していた。
試合のたびに応援に来てくれた彼女。
安物の誕生日プレゼントを、 宝物のように喜んでくれた彼女。
次々と昔の思い出が浮かび上がり、 新しい方の記憶へ覆いかぶさっていく。
そのどれもが彼女の笑顔ばかりで、 どんなに否定しようとしても拭い切れない。
階段を上がるたびに膨らんでいく。
三年間、抱え続けた彼女への想い。
アメリカにいる間じゅう、 ずっと後悔していたはずなのに。
今度こそ気持ちを伝えようと決心して、 その為に日本へ戻ってきたつもりだったのに。
彼女がいるから、 必死になって戻ってきた。
今頃になってでも、 戻ってきた。彼女の笑顔を見たいから。
今頃になったけど、 彼女を笑顔にしたいと思ったから。
もう少しで同じ後悔をするところだった。
「奈緒、 今度こそ必ず……」
トオル達が手芸部の展示室へ入ったと同時に、 部長の洋子が駆け寄ってきた。
「真嶋君、 西村さん知らない?」
「いえ、 オレもそれを聞いて探しに来たんです」
「彼女が連絡もせずにいなくなるなんて、 あり得ないわ。
何か変な事件に巻き込まれていなければいいのだけど……」
先程から皆が案じているのは、 この事である。
普段の日ならともかく、 学校関係者以外の人間も出入りする学園祭で行方不明となると、
やはり穏やかならぬ事態を考えてしまう。
「とにかく落ち着いて、 もう一度状況を整理しませんか?」
トオルは冷静になるよう皆を促した。
手がかりのない状態で探し出すには、 奈緒の取った行動を一から辿るしかない。
「今朝、 彼女はここにいたんですよね?
あれ、 でも……」
奈緒がいたと思われる机の上は、 作業途中のビーズのネックレスが置きっ放しになっていた。
「アイツがこんな状態で席を外すなんて、 おかしいな。
オレ、 いっつも奈緒に怒られていたから。 『ちゃんと片付けて行け』 って。
何か心当たりありませんか? 誰かに呼び出されたとか?」
「そう言えば、 男の子が一人訪ねてきたわよね?」
洋子が他の部員に確認を取り出した。
「どんな奴でした?」
「制服のネクタイが赤だったから、 一年生だと思うけど。
眼鏡かけていて……」
「眼鏡?」
これを聞いて、 塔子が堰を切ったように質問を開始した。
「ひょっとして銀縁眼鏡で、 髪型は今どき珍しい七三分けで、 制服はボタンを一個も外さず着こなしている、
えのきみたいに色白の痩せた男子ですか?」
日頃はうるさいと感じる塔子のマシンガントークも、 この時ばかりは頼りになる。
「そうそう、 そんな感じ」
「口調は丁寧だけど、 ちょっと人を小馬鹿にしたような態度で、 几帳面に眼鏡を何度もかけ直す優等生タイプの?」
「そこまでは覚えていないけど、 確か 『同じクラスの学級委員』 って言っていた気がするわ」
トオルと塔子は同時に顔を見合わせた。
「宮越だ!」
しかし、 その後の足取りが掴めない。
仮に宮越が彼女を連れ出したとして、 行きそうな場所の見当もつかなければ、 目的すら分からない。
「一体、 何処へ行ったんだ……」
時間だけが刻々と過ぎていく。
どうにかして手がかりを探さなくてはならないのに、 こんな時に限って何も浮かんで来ない。
苛立ちを抑えて思案するトオルの腕を、 脇から塔子が遠慮がちに引っ張った。
「ねえ、 真嶋? アタシ、 すごく嫌な予感がする」
「どうして?」
「最近、 宮越の様子が変だったし、 何か思い詰めた感じで……」
途中まで話を聞いたところで、 トオルの制服のポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。
発信者は唐沢ではなく、 行方不明の奈緒本人だった。
「もしもし、 奈緒か? オマエだいじょうぶなのか!?
今どこにいる?」
「洋子先輩、 すみません。
ちょっと用事ができちゃって……」
安否を気遣うトオルを無視して、 電話の向こうから明るい声が返ってきた。
話し声は奈緒に違いないが、 いつもと感じが違う。
「奈緒、 何を言ってる? これ、 オレの携帯……」
畳み掛けるように、 一方的な会話が続けられた。
「本当は手芸部のお当番だったんですけど急用で、 代わってもらえませんか?
お願いします」
彼女の性格上、 相手を無視して喋り続けるなど考えられない。
しかも会話の内容がまるで噛合わない。
トオルの声を聞いても慌てるどころか、 他の先輩として話を進めている。
となると、 考えられる理由はただ一つ。
嫌な予感にせっつかれながらも、 トオルは務めて冷静に問いかけた。
「奈緒、 もしかして宮越と一緒なのか?」
少し間をおいてから、 彼女から返事があった。
「……はい」
宮越と一緒にいて、 こんな話し方をするという事は間違いない。
「宮越に連れ出されたんだな?」
「はい」
「脅されているのか?」
「はい」
「場所を教えられるか?」
「それは、 ちょっと……」
「奴が傍にいるのか?」
「はい」
嫌な予感は的中した。
理由は分からないが、 宮越は奈緒を連れ出し、 どこかに閉じ込めている。
電話の様子から察するに、 彼女が手芸部の当番を言い訳にして、 トオルに助けを求めてきたのだろう。
きっと通じる相手だと信じて。
とにかく居場所だけでも聞き出さなければならない。
傍で聞き耳を立てているであろう宮越に悟られないように。
「外にいるのか?」
「いいえ」
「学校の敷地内か?」
「はい」
「じゃあ、 校舎の中か?」
「いいえ……あっ、 やめ……」
「奈緒、 どうした!? だいじょうぶか、 もしもし!?」
どうやら宮越に勘付かれたらしく、 居場所を聞きだす前に切られてしまった。
「真嶋、 何か分かった?
宮越に監禁されているんでしょ?」
電話が切れたと同時に、 塔子が乗り出してきた。
「監禁かどうかはハッキリ分からないけど、 とにかく閉じ込められているって」
「それを監禁って言うのよ! で、 場所は?」
「えっと確か……学校の中だけど、 校舎じゃないって言っていた」
「じゃあ中庭とか、 屋上とか?」
「いや、外じゃない。 だけど何か騒がしかった。
だから外かと思って、 最初に聞いたんだ。 でも違うって」
「体育館は? コンサートの音じゃないの?」
「いや、 違う……もっと人の声がして……」
建物の中にいるにしては、 外の声がよく聞こえた気がする。
地面を駆け回る足音と、 人の声と。
焦る気持ちをぐっと堪え、 少ないヒントから候補となる場所を絞り出そうとした。
「真嶋、 しっかり思い出して!
あの宮越と一緒にいるのよ? 奈緒を監禁して何かするかも!」
冷静なトオルの態度が気に入らないのか、 塔子がわめき散らしてきた。
「さっきも、 そんなこと言っていたよな?
宮越の様子がおかしいって、 一体どういう事なんだ?」
居どころが分からないなら、 せめて連れ出された目的だけも掴もうと投げかけた質問だったが、
塔子からの返事は予想以上に時間を喰った。
男子よりも活発な彼女にしては、 珍しい現象である。
「あのね……最近、 宮越の成績が上がらなくて。
高等部は他から受験組みが入って来たせいで、 一気に全体のレベルが上がったでしょ?
だから昔みたいに上位の成績をキープできなくて、 相当悩んでいたみたいのよ」
「それと奈緒と、 どういう関係があるんだよ?」
「つまり宮越は 『よそ者』 が嫌いなわけ。
受験組とか、 純粋に中等部から上がって来なかった人達を 『よそ者』 って呼んで、 毛嫌いしているわ。
大げさじゃなくて、 本当に憎んでいるって感じ。 だから真嶋の事も……」
塔子が遠慮がちに話していたのは、 トオルを気遣っての事である。
あくまでも宮越の基準であるが、 彼の考えではトオルは最も敵視すべき 『よそ者』 になる。
「じゃあこの一件は、 オレへの嫌がらせなのか?」
「嫌がらせというより、 真嶋に奈緒を取られるのが許せなかったんだと思う。
知っているでしょ? 宮越の気持ち?
よそ者に勉強で負けるだけじゃなくて、 彼女を取られるなんて我慢できなかったのよ」
「勝ち負けの問題じゃねえだろ?」
「常識ではね。 でも今の宮越は普通じゃないわ。
アンタが帰国してから、 段々エスカレートして行ったのよ。
なんて言うかストーカーみたいで……」
「だったら、 奈緒はどうして宮越について行ったりしたんだ?」
「宮越がどう思っているかなんて、 気付いていないのよ。
あの子は、 真嶋のことしか眼中にないから」
言われてみれば、 思い当たる節がいくつもある。
体育倉庫での宮越の態度は、 尋常ではなかった。
あの時は単なる嫉妬心だと思っていたが、 その根本に自分に対する敵意や苦悩が潜んでいたと考えれば、
刺々しい態度にも納得がいく。
なぜ気付いてやれなかったのか。
もっと、 よく彼女の事を見ていれば、 事前に防げたかもしれない。
自分の事で精一杯で、 宮越が、 奈緒が、 他の周りの人間が、 どんな状況に置かれているか、
そこまで思いやる余裕がなかった。
何もしなくても、 傷つける事もある。
塔子の言葉が胸に刺さった。
こうなったら、 一刻も早く奈緒を助け出さなければならない。
彼女が トオルに連絡を取った事は、 宮越にもバレている。
「そうだ、 待てよ……」
トオルは電話での会話からヒントを手繰り寄せた。
「こんなに人の出入りが多いのに目につかない場所なんて、 逆に限られてくるんじゃないか?
学校の敷地内で、 校舎でもなくて、 建物の中だけど外の声がよく聞こえて……
学園祭でも使わない場所と言えば……分かった、 体育倉庫だ!」
全ての条件に合う場所は、 あそこしかない。
彼女の居所が分かったと同時に、 トオルは展示室から飛び出した。
「待って、 真嶋! 私も行く」
後ろから塔子が追いかけてきたが、 それを制して別行動を取るよう説き伏せた。
「塔子は唐沢先輩に連絡してくれ。
奈緒は、 オレが必ず助け出す」
「でも一人じゃ危ないよ。 今の宮越は正気じゃないって!」
「それなら尚更一人で行かなきゃ、 オマエまで危険な目に遭わせたくない。
大丈夫だって。 もしもの時には一人の方が動き易いし、 それに……
ちゃんとケリをつけなきゃいけないと思う」
「ケリって、 宮越との?」
「違う、 オレ自身の。
もう何からも逃げない。 どんな事になっても。
これが光陵学園へ帰ってきた一番の理由だから」
実際、 この後どうなるか見当もつかなかった。
万が一、 奈緒が傷つけられているような事があれば、 自分を抑えられる自信はない。
理性よりも乱闘慣れした体の方が先に動いて、 彼女を閉じ込めた宮越を痛めつけるかもしれないし、
他の皆を巻き込む恐れもある。
自分の意志とは裏腹に。
だからと言って、 逃げたくはなかった。
大切な人を守りたい。
他の誰かではなく、 自分自身の手で守りたい。
傷だらけの手であっても、 彼女さえ受け入れてくれるなら。
トオルは全速力で体育倉庫まで走っていった。
あの頃と同じ笑顔を取り戻すために。