第 29 話 二つの動
いよいよ藤ノ森学院との対戦が始まった。
過去の実績から考えて楽観視できる状況ではないが、
太一朗の欠場により、 向こうが断然有利と思われた
情報量の格差を、 少なからず縮められたのも事実である。
何しろ初戦のダブルスは、 兄がいなければ幼稚園児並みに
扱いづらい気分屋の陽一朗と、 経験不足のため今大会の
レギュラーから降ろされたはずのトオルが、 急造コンビで
出場するのだ。
得体の知れない藤ノ森学院 VS 予測不能の光陵学園。
当人達の困惑振りは別として、 相手選手の情報を掌握し切れていないという点では双方互角の勝負であり、
言い換えれば、 ここでの勝利を逃せば光陵学園のインターハイ出場は絶望的となる。
この誰もが固唾を呑んで見守る大事な一戦で、 味方の応援をするつもりでいたハルキは、
早々とコートから目を背けてしまった。
「なあ、 アンタ等の部長ってさ。 ほら、 黒縁眼鏡の新田って奴。
部員の前で眼鏡外した事ある?
あの手のオヤジ顔って、 眼鏡外すと案外つぶらな瞳だったりするだろ?」
もうすぐ試合が始まろうというのに、 しょうもない質問をぶつけて対戦相手を絶句させているのは、
他ならぬチームメイトのトオルである。
「髭 (ひげ) もかなり濃かったからな。 ありゃ、 毎朝大変だぜ。
前にストリート・コートで会った時も、 思いっきし剃り残しあったし」
さらに恥ずかしい事に、 ペアを組んだ陽一朗も、 このくだらない会話に参加し始めた。
「ああ、 知ってる! 髭の濃い奴ってさ、 顎の裏にチビっこいのが、 残ってんだよね。
もしかして部長さん、 指で裏髭ピピッと抜いちゃうのが、 特技だったりする?」
これまで何度か光陵テニス部員である我が身を恥じた事はあるが、 今日ほど恥ずかしいと思った事はない。
対戦相手を挑発するならまだしも、 試合前に他校の部長の、 それもオヤジ顔について質問するとは、
一体どういう了見なのか。
「部長? メチャメチャ恥ずかしいと思うの、 俺だけですか?」
日頃から極力距離を取ろうと努力しているにもかかわらず、 ハルキは隣で観戦する唐沢に意見を求めた。
但し形式的には疑問形だが、 そこには部の責任者である彼に対する批難も多分に含まれている。
いくら自由な校風とは言え、 あの二人に関しては、 少し野放しにし過ぎたのではないかとの主張である。
ところが刺々しい視線をものともせずに、 唐沢はこのクレームをサラリと受け流した。
「う〜ん、 向こうの部員も充分恥ずかしいと思っているだろうから、 お互い様だろ?」
「念のため聞きますけど、 アレも作戦のうちなんッスか?」
「さあね……だけど、 いいとこ突いている。
うちのコーチも、 よく抜いているよな、 裏髭」
「部長! 俺、 真面目に聞いてんですけど?」
コートの中と言い、 外と言い、 あまりに真剣みのない態度に、 つい語気を強めた時である。
「真面目に聞く気があるなら 、遠回しに質問してくるなよ」
冗談めかした口調であるが、 その台詞は大いにハルキを動揺させた。
辺りに充満していた間の抜けた空気が、 たった一言、 唐沢が発しただけで、 瞬時に張り詰めたものへと変わる。
だからこの人は苦手なんだと、 ハルキは思った。
飄々 (ひょうひょう) としているわりには抜け目がなく、 真面目なのか不真面目なのか分からない。
何事にも実直に対応する前・部長の成田とは、 正反対のタイプである。
中学一年の頃からずっと成田を目標にしてきたハルキにとって、 現・部長の唐沢は受け入れがたい存在だった。
そもそも校内試合を 「レース」 と呼び、 賭け事の情報収集に便利だからとテニス部の副部長を引き受けたような
人間が、何故コーチやかつての部長から絶大な信頼を得られるのか。
昔はギャンブルのカモにされていたトオルでさえ、 今や信者と化している。
そこがまた腹立たしくもあり、 怪しくもある。
どんな手を使って皆を丸め込んだかは知らないが、 自分だけは騙されない。
いくらテニスの実力があったとしても、 部活以外での繋がりは極力持ちたくないと思っているし、
実際、 距離を取って付き合ってきた。
それなのに、 この言い草は――
咄嗟のことで口ごもるハルキに対し、 唐沢が追い討ちをかけるように畳み掛けてきた。
「アホらしい作戦しか立てられないトオルが、 どうして陽一のパートナーに選ばれたのか。
いや、 それ以前に、 四月の時点で何故自分がダブルスに選ばれなかったのか。
今はともかく、 あの頃は知識も経験も自分の方が優れていたはずなのに……とまあ、 こんなところかな?
質問は無駄なく的確にしないと、 的外れな答えしか得られないぞ」
「観念しろ」 とばかりに余裕の笑みを見せる先輩を、 ハルキは下から睨み付けた。
確かに、 彼の指摘通りだった。
四月のミーティングでトオルが唐沢のダブルスのパートナーに指名された時、
悔しさよりも疑問のほうが大きかった。
少なくともあの時点では、 トオルもハルキと同様、 ダブルスを苦手としていたはず。
それでも選ばれたという事は、 決め手となった事柄が存在するに違いない。
たった一度、 ライバル対決を制した事が原因なのか。
或いは誰にでも心を開く能天気な性格が、 ダブルス向きと判断されたのか。
トオルにはあって、 自分には欠けているもの。 ずっと気になっていた事だった。
欠点を指摘されるのが怖くて今迄うやむやにしていたが、
ここで明確にしておかなければ、 ますますライバルとの差が開いてしまう。
「部長……」
非常に屈辱的だが、 彼の言うところの 「的確な質問」 とやらをしなければならない状況に追い込まれたようだ。
「その……」
例え相手が部長でも、 本音を言わされるのは苦痛だった。
特に人付き合いが苦手なハルキは、 内に秘めてこそ本心であり、 他人に語れるような代物はそれに値せずとの
ポリシーまで持っている。
だが今は、ポリシーよりも事実を知るほうが先決だ。
「部長、 俺とアイツの差が何なのか教えてください」
「別に、 大した差はなかった」
「えっ?」
「四月の時点で二人に差はなかったし、 本当はどっちでも良かったんだ」
意を決して質問したというのに、唐沢からの返事は呆気ないものだった。
「どっちでもって……」
「半分は、 俺の勘」
「そんな……」
ここまで言わせておいて、 それはないだろうと抗議しようとした時だった。
観客達の間から、 どよめきが起こった。
コートに視線を戻すと、 開始早々、 トオル達お騒がせコンビが
通常ではあり得ない場所で構える姿が目に入った。
「2アップ」 の変形とでも言おうか。
コートを横切るサービスラインと、 中央を縦に二分するセンターサービスラインの交わる部分。
つまり、 ど真ん中に二人して並んで構えているのである。
ネット前に陣取る 「ネット並行陣」 にしては後ろであり、
ベースライン付近で陣取る 「ベースライン並行陣」 にしては前過ぎる。
但し 「2アップ」 と言い切るには、 両者間の距離はほとんどなく、 くっつくようにして構えている。
効率よく互いがボールを拾うのなら、 少しでも離れていた方が守備範囲も広がるはずだが、
あの見た事もないポジションから、 彼らは何をしようというのか。
「へえ……」
コート上の不可解なポジションを見て、 唐沢が意味ありげに笑った。
「部長。 あのフォーメーションは?」
「ハルキ。 オマエが敵なら、 どう対処する?
ど真ん中に陣取られた二人を相手に、 何処から攻める?」
「まずは、 がら空きになったサイドを狙って……」
ハルキの答えと同時に、 対戦相手の倉持が陽一朗の左脇を ストレートで抜こうとした。
しかし当然の策を読んでいたと見えて、 陽一朗は持ち前の瞬発力を活かしてボールに追いつくと、
相手のストレートをロー・ボレーで弾き返した。
「これで敵のフォーメーションの選択肢が、 一つ消えたことになる」
唐沢の意味するところは、 ダブルスが苦手なハルキにも理解できた。
シングルスにおけるボレーは攻撃的要素が強いが、 常に前衛という役割が存在するダブルスでは、
「繋ぎ」 と 「決め」 の二種類のボレーを使い分ける必要がある。
いま陽一朗が使ったロー・ボレーは、 あくまでも敵の先制攻撃を防ぐための 「繋ぎのボレー」 であり、
ポイントには通じない。
但しこれを続ける事により、 必ず 「決め」 の瞬間を生む事の出来るボレーでもある。
現在、藤ノ森の陣型は 「縦型雁行陣」 と呼ばれる一般的なポジションだが、 「繋ぎ」 と言えど、
短いタイミングで二人からボレーの連打を浴びれば、 前衛か後衛のどちらが潰されてしまう。
仮にサイドを抜こうとしても、 コート中央から追いつき弾き返される事は、 先程のプレーで立証済みである。
あえて二人とも距離をとらずに構えているのも、 一人がサイドへ移動した場合、
続いてセンターを抜かれる場合を想定して、 もう一人がカバーに入れるよう残しているのだろう。
一見無謀に見えて、 実は隙のない万全な防壁を築いている。
瞬発力に長けたトオルと陽一朗ならではのフォーメーションだ。
一人への集中攻撃を避ける為に、 次に敵が取ったポジションはネット並行陣だった。
ネット際に二人並ぶ位置取りは、 おそらくトオルのドロップボレーを計算に入れた対応策のはずである。
だがそれも絶え間ないロブの応酬に、 脆くも崩れ去った。
「これで選択肢が二つ、 いや三つ消えたか。
ネット並行陣だけでなく、 ベースライン並行陣もアイツ等には意味がないからな」
トオルの決め球の一つであるドロップボレーを危惧した藤ノ森学院は、
最初からベースライン並行陣を候補から外していた。
二人とも後方に構えていては、 ネット際にストンと落ちるドロップボレーを拾えないからである。
しかし反対にネット前で構えるネット並行陣も、 ロブの前では完璧なフォーメーションとは言い難い。
では、 どうすれば対抗できるのか。
ハルキが答えを出せないのと同様に、 相手ペアも意表をつくフォーメーションに苦戦を強いられていた。
データにも、 マニュアルにもないこの陣型を、 どう攻略していいのか見当もつかないのだろう。
点差が少しずつ開き始めている。
前の二試合の敗北が嘘のように、 陽一朗とトオルのペアは強豪・藤ノ森学院を相手に
ゲームカウント 「4−2」 と差をつけた。
「あのフォーメーションに対抗するには……」
ここで初めて唐沢が答えを明かした。
「自分達も同じポジションを取るしかない」
「それって、 つまり同等の瞬発力を持っていないと、 勝ち目はないって事ですよね?」
「そういうこと。 最低でも2アップで応戦するしかないが、
今から同じフォーメーションで4ゲーム分ひっくり返すのは、 至難の業だろうな」
先程の唐沢の意味ありげな笑みは、 この展開を予測しての事だった。
「どんなに勢いのある川でも、 必ず流れを変えられるポイントがある」 とは、 唐沢の持論だが、
加えて言うなれば、 流れの変わる瞬間に生まれる 「空白のタイミング」 をいかにして探し当てるか。
或いは、 強引にでも作り出せるかが、 勝者と敗者の分かれ目である。
毎年優勝候補の一角に数えられる程の実力を持つ藤ノ森学院。
対戦相手に関する情報を徹底的に調べ上げ、 弱点を突く事で勝利を重ねてきた彼等には、
データが不十分な状況でも、 その空白のタイミングを生み出す為の秘策があった。
ゲームカウント 「4−2」 と、 光陵がリードする形で迎えた第7ゲーム。
相手コートから打ち上げられたロブを、 トオルがスマッシュで決めた次の瞬間。
拾いに行ったとしても間に合うはずのないボール目掛けて、 倉持が突進してきた。
一度は味方の勝利を確信した唐沢から、 笑みが消えた。
無論、 顔色が変わったのは、 彼だけではない。
ハルキも、 コート内の陽一朗も、 そしてスマッシュを放ったトオル本人も。
恐らくは地区予選での悪夢を知る全ての人間が、 凍りついたのではないだろうか。
「まさか!?」
普段クールなハルキだが、 この時ばかりは冷静でいられなかった。
唐沢と入れ替わるようにして、 笑みを浮かべる新田の顔が目に入ったからである。
今の衝突は、 部長である新田の指示と見て間違いない。
ケガに対して人一倍敏感に反応するトオルの弱点を利用して、
わざとプレーに支障がない程度にぶつからせたのだ。
地区予選の控え室での光景が、 ハルキの脳裏に甦る。
青白い頬。 焦点の合わない虚ろな瞳。
前を向く事しか知らない呆れた奴だと思っていただけに、
トオルが見せた影の部分に、 その落差に愕然とした記憶がある。
そして弱々しく差し出された冷たい手も。
あの感触は、 今でも忘れない。
それはライバルに対する認識が、 ハルキの中で大きく変わった瞬間でもあった。
倒したいと思うだけでなく、 同時に強くあって欲しいと願う。
矛盾した考えかもしれないが、 これが正直な気持ちだった。
怯えたトオルなど見たくはない。
ムカつくほど強気なライバルだからこそ、 倒す価値がある。
強くなりたいからこそ、 強くあって欲しい。
そう願う自分に、 あの時初めて気が付いた。
地区予選の控え室の中で、 トオルの手を握った瞬間に。
試合は一時的に中断され、 コート上では、 審判がボールと衝突した倉持の脚の具合を確認している。
トオルは今の事故がわざとだと、 気付いているだろうか。
神妙な面持ちで倉持を見つめるライバルの横顔が、 意図的に作り出された空白の中で、
刻々と重苦しいものへと変化していく。
「しっかりしろよ、 バカ……」
ハルキの心配は、 徐々に数字となって現れた。
トオルに細かいミスが出始めたのだ。
ストロークと違って、 ノー・バウンドで返すボレーは返球するまでの時間が短い為に、
一瞬の気の迷いがミスに繋がる。
瞬発力を活かした陣型が、 逆に足を引っ張る結果となった。
やはり一度ついたトラウマは、 簡単に消えるものではないのか。
相手が故意に起こしたアクシデントであっても。
この期に乗じて反撃を開始した藤ノ森学院が、 ゲームカウント 「4−3」 まで追い上げてきた。
「こちらのデータを徹底的に調べ上げた相手と対戦する場合、
自分のスタイルを持たない選手はペースを崩され易い」
ミーティングでの唐沢の発言を、 こんな形で納得させられるとは思いも寄らなかった。
今回ハルキとトオルがレギュラーから外された理由は、 他の先輩と比べて劣るからではない。
発展途上の選手には当然あるべき過程で、 その二人を大切に育てようと考えたからこそのオーダーだった。
自分達は 「不要」 などではなく、 言葉通り 「温存」 されたのだ。
「すみません。 俺、 部長のこと疑っていました。
本当は実力を認めてもらえなくて、 レギュラーから外されたんだと思っていました」
頭に浮かんだ謝罪が、 自然な形でハルキの口からついて出た。
目の前にいる唐沢と、 ムキになって唐沢を庇ったトオルに対しても。
声は届かなくても、 今ここで謝っておきたかった。
ところが心からの謝罪に対し、 唐沢から思わぬ返事が返ってきた。
「人を疑う事は、 決して悪いことじゃない。
相手が先輩であろうと、 親であろうと、 コーチであろうと、 バカ正直に信じる必要はない。
これから才能を開花させようとするプレイヤーは、 特にな」
「でも……」
「ハルキは、 昔の俺によく似ている。
自分の弱さを知られたくなくて、 わざと人と距離を置く。
他人に甘えるよりも、 敵として接したが楽だと思っているだろ?」
不思議なことに、 唐沢の指摘が心地よく聞こえた。
あれ程人を見透かしたような態度を不快に思っていたはずなのに、
「似ている」 と言われた事で、 彼の指摘が理解の上で成り立っていると分かったからだろう。
素直に頷くハルキを視界の端で確認すると、 唐沢も納得したように頷いた。
「疑うことから真実を見つけ出す。 これも一つのやり方だと思う。
現に俺もそうしてきた」
相手コートからロブが上げられる度に、 会話が中断される。
彼もトオルが抱えるトラウマを気にかけているのだ。
しかし何度か挑戦しているにもかかわらず、 いつものような切れのあるスマッシュが決まらない。
視線をコートの中に置いたまま、 唐沢が続けた。
「さっき 『俺の勘だ』 と言ったのは、 本当だ。
四月の時点で、 オマエとトオルの間にほとんど差はなかった。
ただ一つだけあったとすれば、 可能性だろうな」
「可能性?」
「失う怖さを知っている奴は、 信じる強さも身につけている。
パートナーやチームメイトだけじゃなく、 勝利に対しても。
仮に信じる対象が不確かなものであっても、 それを口にした人間が信頼に値するのであれば、
丸ごと信じられる強さがある」
またロブが上がった。 それを諦めずに追いかけるトオル。
パートナーを信頼してロブの処理を任せる陽一朗と、 その二人を外から見守る唐沢と。
「あのバカ正直な強さは、 俺達にはないものだから。
だから賭けてみようと思った。
勝算も何もない状況で、 アイツが持つ限りなく低い可能性……つまり、 奇跡ってヤツに」
ロブを追うトオルの体がふわりと浮いた。
同時に、 唐沢の口元に笑みが戻った。
ボールの軌道をなぞらえる左手と、 充分な高さで引かれた右腕と。
上空での体勢を、 側面から捉えられる場にいたハルキには、 いち早く確信できた。
「完璧なスマッシュが降りてくる!」
遠巻きに見ても身の危険を感じるような剛球が、 倉持の足元わずか1センチ脇を突き抜けた。
「どうせビビらせるんだったら、 こんぐらいの事してくれよな!」
相手コートに正面切って喧嘩を売りつけるトオルは、 いつものムカつくライバルそのもので、
味方目線を用いても、 腹立たしさは軽減されなかった。
「調子に乗るな、バカ……」
トラウマを抱えていたはずの人間から、 際どいコースのスマッシュを打ち込まれ、
形勢逆転を目論んでいた倉持は驚きを隠しきれない。
「指示通りやったのに、 どうして?」
「オレに聞くなよ。 そっちの情報が間違ってんじゃねえの?」
「そんなはずは……」
「とりあえず落ち着いたら? 耳、 動いてるぜ」
「えっ、 耳……?」
慌てて押さえる仕草から、 それが倉持の動揺を示すサインだと判断できる。
彼は感情を隠そうとするあまり、 無意識のうちに耳を後ろに動かす癖があるようだ。
試合前に、 トオルと陽一朗がしょうもない会話をふっかけていたのも、
これらの癖を探り当てる為のパフォーマンスだったのかもしれない。
「クラスに一人ぐらいいるよな?
他人の情報は喜んで嗅ぎまわるくせに、 自分の事を知られると慌てる奴。
アンタ、 修学旅行で自分だけ秘密バラさないで、 クラス全員からヒンシュク買った口だろ?」
トオルの指摘に合わせ、 陽一朗が合いの手を入れた。
「あっ! また、 耳の後ろピクピクしてる!」
それにつられて、 倉持のパートナーまでもが彼の耳に注目し始めた。
まるで嘘発見器にかけられているようである。
すっかり落ち着きをなくした倉持に向かって、 トオルがさらに追撃を加えた。
「オレが集めた情報によればさ、 アンタの苦手なコースは左の足元にくる深い球」
倉持の耳が激しく動く。
「まだあるぜ。
ジュニア時代の両手バックの癖が抜けなくて、 苦手なコースが来ると、 左手でグリップを支えようとする。
それを慌てて片手バックのリードへ戻そうとするから、 テイクバックでモタついて振り遅れる。
こういうの、 弱点って言うんだろ?」
「どうして、 それを? まさか新田部長が?」
「さあ、 どうかな?
あのおっさん、 お喋りだからなぁ。 情報を集めるつもりが、 ポロッと言っちまう事もあるよなぁ」
無論、 ストリートコートで 「ポロッと言っちまった」 のはトオルであって、 新田ではない。
またこれらの癖を言い当てられたのも、 中等部時代からずっとハルキというライバルを追い続けた結果である。
テンポよくかけられるハッタリに右往左往する倉持と、 そのパートナー。
どちらがペースを崩されたかは、 誰の目にも明らかだった。
トオルがチラリとコートの外にいる唐沢を見やってから、 トドメの一言を発した。
「データって、 結局、 過去のものだろ? そんな変えようもないモンに、 興味ねエし。
オレが今一番興味あるのは、 明日のダブルスのオーダーだから!」
その後トオルと陽一朗は一度も相手に得点を許すことなく、 お騒がせの急造コンビは初めての勝利を持ち帰った。
「特練の成果は、 そこそこあったようだな」
スコアボードの 「6−3」 の結果に、 唐沢が目を細めた。
「特練の成果?」
そう言えば、 地区予選が終わった頃だったか、 トオルと陽一朗がコンビを組んで
特別練習をさせられていた事がある。
詳しくは知らないが、 シングルス組みに混じって練習していたハルキにも、
過酷な内容だという事だけは感じ取れた。
「陽一には持久力、 そしてトオルには瞬発力をつけようとして始めた特練だが……」
唐沢のする事には、 一つ一つに裏がある。
「そろそろあの二人にも、 ゲームメークを覚えさせようと思って仕組んだ事でもある」
「仕組んだって……まさか?」
「パートナーが不在なら、 自分でやるしかないだろう?
特練のおかげで互いの動きは目に焼きついているし、 集中しさえすれば息は合うと踏んだ。
最初から手の内を知られたカードで勝負するよりも、 チェンジ後の手札のほうが勝ち目はあるからな」
「部長……もしかして、 太一先輩は今どこに?」
「オマエの家で、 自主トレしている」
太一朗の遅刻は、 唐沢の仕組んだことだった。
日高も共犯に違いない。
控え室で深刻そうに話し合って見せたのも演技という事だ。
今から思えば不審な点がいくつもあった。
そもそも用心深い太一朗が、 同じ過ちを繰り返すはずがないし、
補欠のメンバーを部員に伏せられているのも妙だった。
全ては、 この一戦でトオルと陽一朗に自らゲームメークをさせる為に。
唐沢に対して芽生え始めた信頼が、 一気に砕け散った。
「うちが藤ノ森に毎年負けているっていうのも、 嘘だったんですか?」
不平も不満もこめた口調で、 ハルキは問いただした。
「いや、 それは本当だ」
「そんな……もしあの二人が負けていたら、 どうするつもりだったんですか!?
無茶にも程が……」
「ここで負けるようなら、 どうせイン・ハイでもすぐ負ける。
行くだけじゃ駄目なんだ。 優勝しなきゃ意味がない。
前にも言ったはずだ」
ハルキの強い批判も、 口達者の部長にかかれば軽くあしらわれてしまう。
「裏切りも、 正当な理由があれば戦略だ。
『敵を欺くには、 味方から』 と言うだろ?」
「それはつまり、 俺達が予選に出ないって情報が、 事前に漏れる事まで読んで?」
この問いに答えるでもなく、 唐沢がふと間を取った。
試合前と同じく、 勝利の喜びに一度は緩んだ空気が、 張り詰めたものに変わる。
「いいか、 ハルキ。 人を信用できないなら、 孤独を通せ。
オマエには、 そのスタイルが合っている。
但し、 一人だけでいい。 例外を作っておけ」
「分かっています。 テニス部にいる限りは、 部長を信用するよう努力します」
「いいや、 俺の話じゃない。
他にいるだろ? 常に気になる存在が? そいつにだけは、 強がるな。
ああ、 それから明日はオマエにも出番があるから、 ラケットとシューズ、 準備して来いよ」
「部長? まさかとは思いますけど、 今回発表されたレギュラーって、 最初から違っているんじゃ……?」
「ダブルスは陽一とトオル。 シングルスはシンゴとハルキと俺のローテーション。
せっかく育てたルーキーを使わない訳がないだろ?
ついでだから、 もう一つ。 とっておきのオーダーを教えてやる。
オマエとトオルは、 夏合宿の風呂掃除にも選ばれている。
合宿の間中ずっと、 二人だけのローテーションだ。 ありがたく思え」
「な、 なんで!?」
「コーチと俺に隠れて、 試合しようとした罰だ。
うちの情報網を甘く見るなよ。 藤ノ森よりは、 よほど信頼のおけるネットワークがあるからな」
予選前、 禁じられているにもかかわらず、 トオルとハルキはストリートコートで試合をしようとした。
内緒にしていたのに知られているという事は、 恐らくあそこにいた誰かから漏れたのだろう。
「やっぱり、 この人は苦手だ」
嬉々とした笑みを浮かべる唐沢を横目に、 ハルキは改めて距離を置こうと決意するのだった。