第 38 話 オムニコートの怪
オムニコート ―― 芝の間に砂を混ぜたコートのことで、
水はけがよく管理の手間もほとんどかからない為に、
屋外にある公共の施設などでよく用いられている。
しかしながら中等部はクレーコート、 高等部はハードコートで
過ごしてきた現役・光陵学園生にとって、 この手のコートは
未知の部分が多かった。
ハルキの話によると、 一般的には球脚が遅いと見られているが、
砂の質や量、 整備の頻度でも違いがあるらしく、
そこで初めてプレーする者には非常に不利なサーフェス
(=コート表面の材質) だという。
今からゲームが行われるコートを含め、 オムニコートは全部で三面。
恐らく、 そのどれもが場所によって違う弾み方をするはずである。
試合慣れしているハルキでさえ、 やり辛いと不満を述べるぐらいだから、
サーフェスの違いもろくに知らないトオルは、 特徴を掴むまでにかなりの時間を要するに違いない。
北斗の口車に乗せられて了解したものの、 いきなり突きつけられた悪条件に、
ルーキー二人は戸惑いを隠せなかった。
ところが不安げな表情の後輩達を前にしても北斗の態度は変わらず、
あろう事か 「弘法、 筆をえらばずだ」 と説教し始めた。
「どんな試合にも、 不可抗力は存在する。
例えばこの先の大会で、 前の対戦が長引いたが為に、 急遽よそのコートで試合をやれと言われる事もあるだろう。
そんな時、 サーフェスが苦手だからと棄権するのか?
団体戦の代表選手になる以上は、 悪条件もチャンスに変える能力がなければ、 一人前とは呼べない。
俺はそれを、 身をもって教えてやっているんだ。 ありがたく思え」
確かに北斗の言う事にも一理ある。
但し彼以外の人間が主張すればの話であって、 たった今、 一番使いやすい筆を選んだばかりの男に言われても、
説得力は無に等しい。
自然とトオルの口調も非難めいたものになる。
「もっともらしいこと言ってるけど、 結局、 自分達の有利になるよう仕向けてるだけじゃねエか」
「おい、 真嶋。 威勢がいいのも結構だが、 口の利き方には気をつけろよ。
特に怒らせちゃいけない先輩に対してはな」
「別にアンタのこと先輩だなんて思っちゃいない。
オレが先輩と認めるのは、 今の三年生の代までだ」
「ほう、 それじゃあ日高コーチや真嶋先輩のことも認めないのか?」
「真嶋先輩って、 親父のことか?
認めるも何も、 アイツはただのクソ親父だ。 先輩なんて思ったことは一度もない」
「へえ」
一瞬、北斗の眉根の片側だけが動いたように見えたが、
問いただす間もなく、 彼はすぐに違う話題をよこしてきた。
「では、 ここで真嶋に質問。
対戦相手との実力が五分と五分だと分かった場合、 オマエならどう戦う?」
「自分の能力を最大限に活かすことを考える。 常識だろ?」
これは唐沢からの教えであり、 数々の試合を通してトオルが実感したことでもある。
五分と五分の勝負においては、 自分の能力をより引き出した者が勝負を制する。
だが北斗からの質問は、 更にその上を行くものだった。
「それでも同じだった場合、 どうする?」
「えっ?」
「或いは相手も同じ考えで、 もっと能力を引き出してきた場合」
「それは……」
答えに詰まるトオルを攻め立てるように、 北斗から意地悪い視線が投げかけられた。
「もしかしてオマエ、 自分が最強だなんて思ってないよな?」
「そ、 そんなこと思ってねえよ」
「だったら、 どうする?」
「どうするって言われても……」
互角の勝負で相手がより以上の能力を出したなら、 行き着く先は敗北しかないが、
ここでそれ口にすれば目の前の鼻持ちならないOBにも負ける気がして、
トオルは頭に浮かんだ不吉な二文字をぐっと飲み込んだ。
北斗の意地悪い視線が、噛み締めた唇の上を通過し、 隣で似たような表情をしているであろう
ハルキのところから戻ってくると、 急に柔らかくなった。
と言っても優しくなった訳でなく、 勝ち誇った笑みに変わっただけである。
「教えて欲しいか?」
嫌な予感がしつつも、 頷くしかない。
「だったら俺のこと、 北斗大先輩って呼んでみな」
「アンタ、 ホントに性格悪いな!」
「アンタじゃない。 北斗大先輩だ」
それは敗北に匹敵するほどの屈辱的な単語だが、
テニスプレイヤーとして知っておきたいセオリーがかかっていると思えば、 応じるしかなさそうだ。
トオルは奥歯ですり潰すようにして、 その単語を吐き出した。
「ほ、北斗大先輩、 教えてください」
「よく出来ました。 高校生は素直が一番だ。
いいか? 五分と五分の勝負では、 自分の能力を最大限に引き出した者が勝つ。
これは以前、 俺が海斗に教えたセオリーの一部だが、 実はまだ続きがある。
幸か不幸かアイツには教える必要がなかったが、 今日は特別にオマエ達に続きを教えてやろう。
もしも自分の能力を最大限に引き出して、 それでも互角だった場合……」
「互角だった場合?」
「一回でも多く相手の足を引っ張った者が勝つ。
これが五分と五分の勝負を制する究極のセオリーだ」
唖然としたのは、 トオルだけではない。
隣にいるハルキも、 ポカンと口を開けたままである。
散々勿体ぶった挙句に教えられた答えが、 「相手の足を引っ張る」 という単純且つ姑息な手段では、
「なるほど」 と納得する方がどうかしている。
特に幼い頃から優秀なコーチ陣によって英才教育を受けてきたハルキにとって、
こんなセコいやり方を堂々と戦術のように語るOBは、 異生物並みに不可思議な存在として映っているだろう。
しかし当の本人は、呆気に取られる後輩に動じることなく、 あくまでもマイペースに話を進めた。
「それじゃあ条件を確認するぞ?
試合は1セット・マッチ、 6ゲーム。
オマエ等が負けた場合、 このあと残ってパシリとして働いてもらう。
ちなみに、 明日海斗が負けた場合は、バーベキューの食材全部と花火もいただくからな。
そう言えばアイツ、 花火用意してんのか?」
「ちょっと待ってくれ。 花火の前に一つ、 確認したいことがある」
やたらと滑らかに話が進められる中、 あえてトオルは 「待った」 をかけた。
すっかり北斗のペースにはまり、 確認するのを忘れていたが、 彼が敗北した場合の条件がまだである。
相手の足を引っ張る姑息な手段を、 究極のセオリーと言い切る男のことだ。
ここで明確にしておかなければ、 後で何を言い出すか分からない。
「この試合でアンタ達が負けたら、 どうなるんだよ?」
「条件は同じだ。 バーベキューの材料と花火もくれてやる。
肉はうちの大学の方が、 上質だぞ」
「それはチーム戦の条件だろ?
そうじゃなくて、 オレ達のパシリみたいなペナルティーは、 アンタ達にはないのかよ?」
「100%あり得ないと思うが、 そうだな……俺の秘蔵ビデオでも見せてやるか?」
明らかに、 いま思いついたと言わんばかりの北斗の物言いである。
「要らねえ。 どうせ、 くっだらないビデオだろ?」
「そうでもないぜ。 世界が変わるかもしれない」
「あいにく秘蔵の類は信用しない事にしたんだ」
これは今回の合宿で得た大きな成果だと、 トオル自身は思っている。
「そっか。 じゃあ、 こっちのペナルティーは放棄という事で、 とっとと始めるぞ」
結局オムニコートの不満も、 北斗が負けた場合の条件もはぐらかされ、
気付いた時には最初のサーブ権を決める段階にまで持っていかれた後だった。
上手く言いくるめられた気がしなくもないが、 今さら文句も言えず、
こうなったらサーブ権だけでも奪い取ろうと意気込んだ矢先、 北斗が予想外の提案を出してきた。
「オマエ等にサーブ権やるよ。
一年の分際で元・部長の俺に挑んできた勇気を称えてな」
やけに恩着せがましい言い方が気になったが、 どう転んだとしても損はない。
ハルキが同意するのを確認してから、 トオルはボールを受け取った。
「んじゃ、 俺達はこっちのコートもらうから」
ルール上、 出来るだけ公平に試合が進められるように、
サーブ権を得られなかったペアには、 コートを選ぶ権利が与えられる。
北斗が選んだのは出入り口に近い宿舎寄りのコートで、 正面にパノラマ級の山々が一望できるという特典以外、
条件が良いと思えるような場所ではなかった。
勘ぐり過ぎたかと反省した直後、 トオル達が予想だにしなかった人物が現れた。
「よう、 久しぶりだな、 トオル!」
「疾斗 (はやと)、 なんで?」
「兄貴のパートナーが腹痛で倒れたって聞いて、 急きょ助っ人に来てやった」
「助っ人って、 まさか?」
「ああ、 俺がOBの代わりに相手してやる」
初めは冗談かと思ったが、 テニスウエアとラケットに加え、
真新しい帽子とサングラスまで持参してきたところを見ると、どうやら本気らしい。
しかし、 一つ腑に落ちない点がある。
疾斗は 「急きょ」 と言い張っているが、 昨日の今日で、 こんな山奥まで都合よく来られるものだろうか。
「慌ててきた割には、 随分用意がいいな。 そのサングラス、 買ったばかりだろ?」
「いいだろ、 コレ?
キャップ・サングラスにもなる 2ウェイ式なんだぜ!」
「この試合の為に、 わざわざ買ったのか?」
「そうなんだよ。 ずっと欲しかったんだけど、 なかなか機会がなくてさ」
「あまり見ないタイプだな。 どこで買った?」
「当たり前だ。 ネットで探して、 取り寄せたんだ。
そう簡単に出回らないって」
「ふうん……って事は、 前から知っていたんだ?」
「そう、 前から……あっ! いや、 その……」
思った通りである。
千葉達が騒ぎを起こす前から、 北斗は弟の疾斗に試合に参加するよう声をかけていたのだ。
「どういうことだよ、 おっさん!?」
コートの件と言い、 パートナーの件と言い、 仮にも光陵学園の 『カリスマ部長』 とまで呼ばれた男にしては、
やる事がセコ過ぎる。
本来部長とは、 成田や唐沢のように、 敵の姑息な手段を吹き飛ばす程の強さを見せてくれるものではないか。
有無を言わせぬ圧倒的な強さがあるからこそ、 皆から信頼され慕われるのではないか。
それを彼は、 自分だけが得意とするコートへ後輩を引きずり込んだ挙句、
『光陵杯』 というタイトルを無視して部外者の弟にまで協力させている。
この後、 大将格の唐沢が控えていることを思えば、 下手にOBと組むよりも、
弟の疾斗をパートナーにしたほうがコンビネーションの面でも有利と踏んだに違いない。
怒りを露に詰め寄ろうとしたトオルだが、 隣にいたハルキがそれを制した。
「いいんじゃない? うちのOBを相手にするより、 却って好都合かもよ。
松林の唐沢さん、 ならね」
毒舌家のハルキらしい煽り方である。
光陵学園の唐沢ではなく弟の方なら、 自分達にも勝機はあると言っている。
これを受けて、 疾斗の顔つきが変わった。
「随分と見くびられたもんだな?
断っておくが、 子供の頃から兄貴とは試合のたびに組まされてきたんだ。
オマエ達のような付け焼刃と一緒にするなよ」
「へぇ、 だったら予選の時よりは、 倒し甲斐があるわけだ」
「てめェ……」
地区予選で光陵勢に敗北を喫した松林高校の部員にとって、 今のハルキの発言は皮肉以外の何ものでもない。
「オマエ等まとめて叩き潰してやるから、 覚悟しろよ!」
さっきまで逆上していた自分と入れ替わるように、 握り拳を作る疾斗を目の当たりにし、
トオルはハルキが同じ側のコートにいてくれる事に、 底知れぬ心強さを感じた。
ところが試合直後、 五分と経たないうちに、 疾斗の言葉が嘘ではないと思い知らされた。
今日の彼は動きが違う。
スピードの面だけでなく、 攻撃を仕掛けるタイミングも思い切りがいい。
根は素直な性格だけに、 信頼できる兄とペアを組むことで、 伸び伸びとしたプレーが可能となるのだろう。
まさに水を得た魚のようである。
加えて、 弟の大胆なプレーに合わせ、 北斗は緻密にフォローしてくる。
セコさと緻密は同種のものだと、 改めて思う。
自分達のサービスゲームはキープしたものの、 予期せぬブラックホースの登場に、
トオル達は苦戦を強いられた。
そして第1ゲーム終了後、戦況はますます好ましくない方向へと転じていった。
テニスの試合では、 奇数のゲーム終了時に、 互いのコートを入れ替わる
「コートチェンジ」 というルールがある。
第1ゲームが終わり、 トオル達は最初に北斗が選んだコートへと移動した。
長野の山々が正面に見据えられる出入り口側のコート。
そこへ入った途端、 彼がサーブ権を放棄してまで、 こちらを選んだ理由が分かった。
眩しい。 痛い。 とてもじゃないが目を開けていられる状態ではない。
山に向かって沈んでいく夕陽が原因である。
都会と違って、遮る物のない山奥では、 透き通った灼熱の光がダイレクトに目を刺激する。
しかも山から吹き降ろされる風のせいで、 芝の間に埋め込まれた砂が顔の近くまで舞い上がってくる。
夕暮れ時を襲うこの突風は、 地元では有名な 「おろし」 と呼ばれる局地風だった。
夕陽と突風のダブルパンチで、 サングラスも帽子も用意のない二人には、 薄目を開けるのがやっとの状態だ。
仮に最初の1ゲームを不利なコートで取られたとしても、 コートチェンジ後に続く2ゲームを奪い返せば、
結果的に1ゲーム分リードした事になる。
北斗はそう読んで、 先に条件の悪いコートを選択したのだ。
彼の思惑通りサービスゲームを落としたトオル達は、 三度目のコートチェンジを行う頃には、
ゲームカウント 「2−3」 と1ゲームを追いかける立場に立たされていた。
一回でも多く、 相手の足を引っ張った者の勝ち。
今となっては、 あながち馬鹿にできないセオリーである。
コートチェンジに使われるわずかな時間に、 トオルは一つの疑問を北斗に投げかけた。
「アンタ、 本当はメチャメチャ強いんだろ?
でなきゃ、 唐沢先輩が追い越したいなんて思わねえもんな」
「さあな」
「なんで、 こんなセコい手ばかり使う?」
「俺にとって、 どうやって勝ったかは問題じゃない。
最小限の労力で事を成せるなら、 それが一番理想的だ」
「過程よりも、 結果重視ってことか?」
「そうだ。 何を優先するかは人それぞれだが、 俺は苦労して目的地に辿り着いた奴よりも、
楽して同じ結果を出した奴を尊敬する。
余った力で、 他の事ができるだろ?」
自分の将来を親に決められた北斗らしい考え方だった。
彼が自由でいられる時間は大学卒業までしかないと、 前に聞かされた事がある。
限られた時間をいかにして有効活用するか。
北斗の価値観は、 全てそこに直結する。
「だけどオレは、 どんな道でも手抜きしたくない。
楽して勝っても、 後で何も残らないだろ?
対戦相手と真剣に向き合うから、 残るものがあると思う」
「真嶋。 それは遠回しに、 俺に本気を出してくれと頼んでいるのか?」
「えっ……まあ、 そうなるか?」
指摘されるまで気付かなかったが、 トオルは無意識のうちに北斗との真剣勝負を望んでいたのかもしれない。
姑息な手段に腹を立てたのも、 正々堂々と向き合うことを拒否された虚しさからである。
煮え切らない後輩の態度に、 時間の浪費を嫌う北斗がせっついた。
「どっちなんだ? ハッキリしろよ」
「あ、 はい。 オレと、 いや、オレ達と真剣に勝負してください!」
「断る」
「えっ!?」
おちょくられているのだろうか。
ここまで言わせておいて、 即答で拒否するとは、 そうとしか考えられない。
「俺に無駄な労力を使わせたいなら、 なりふり構わず向かって来い。
逆転は無理でも、 せめて同点になった時点で、 考えてやってもいい」
「もう、 なりふり構わずやっているんですけど?」
「本気度が足りねえんだよ。
どんな事してでも追いついてやるって、 気概を感じられないなぁ。 最近の若者は。
オマエ、 もっと勝ちに執着しろ。 結果だけに、 こだわってみろ。
格好いい勝ち方なんて、 俺等プロじゃねえんだから出来るわけないだろ?」
「別に格好つけているわけじゃ……」
「『団体ボケ』 と言うんだ、 それを。
自分達が負けても、 後のチームメイトが何とかしてくれる。
そう思っていないか?」
「そんなこと……」
「だったら、 この勝負、死に物狂いでやっているか?
死んでも次の海斗に回さないという気で 、俺に挑んでいるか?」
北斗の問いに答えられない。
心のどこかで、 自分達が負けてもチームの敗北には直結しないと、 楽観視していた部分がある。
「真嶋の言うとおり、 楽して勝っても何も残らない。
だが負けたら、 もっと残らない。 あるのは後悔だけだ。
あの時、 勝負に出れば良かった。 あの時、 もっと早く仕掛ければ良かった。
自分に余力のある状態で、 チームメイトの負けていく様を見せられるほど、 惨めなものはない。
その気持ちはオマエ等より、 俺や地区予選で負けた疾斗の方がよく知っている。
真嶋、 もう一度言う。
俺と真剣勝負したかったら、 なりふり構わず挑んで来い」
これまで二人のやり取りを聞いていたハルキが、 トオルを手招きでベンチに呼び寄せた。
「トオル、 一つだけ形勢逆転できる方法がある。
俺のドロップ・ショットを上手く使えないかな?」
「『タップ・ドロップ』 か?」
ハルキが放つドロップ・ショットは、 ベースラインからネット際まで来て急激に落ちる上に、
バウンド後の弾みも少ない為に、 『タップ・ドロップ』 という異名がつけられている。
「セコいと思って黙っていたけど、 このコートの前の部分って、 異常に砂が溜まっていないか?
たぶん、 あまり整備されていないんだろうな。
突風の影響で舞い上がった砂がネットにぶつかって、 少しずつ下に溜まっていったんだ。
この辺りにドロップ・ショットを打ち込めば、 砂がクッションみたいにバウンドを吸収するだろうから、
普通のコートより威力があると思う」
「確かに理に適っているけど、 何かもう一つ欲しいよな」
「もう一つって?」
「例えば奇襲攻撃的な、 こう相手がペースを乱すような……」
「そういうのは、 トオルの得意分野だろ?」
「褒め言葉になってねえよ、 それ」
「なっているって。 オマエの常識外れの奇襲攻撃に、 どれだけ泣かされたか。
フラットしか返せない奴が、 試合中にいきなり トップスピン・ロブ打ったりしてさ」
マニュアルどおり育てられたハルキには、 手当たり次第、 技を吸収していく トオルが
常識外れと映っていたようだ。
「そりゃ温室育ちのオマエとは違うかもしれないけど、 常識外れって言うな」
「温室育ちって言うな」
「温室育ちは当ってるだろ?
だいたい山道であんな歩き方して……って、 それだッ!」
「なに?」
「逆転できるかもしれない。
ハルキ?さっきのシューズ、 まだ泥がついたままだよな?
それに履き替えろ」
試合とは無関係と思われる唐突な提案に、 ハルキが困惑の色を示した。
「でも、来るとき履いてきたヤツは、 靴底に泥がこびりついて走れる状態じゃない。
俺が泥遊びしてたの、 オマエも知っているだろ?」
「だから言っているんだ。
確かに奇襲攻撃はオレの得意分野かもな」
慣れないコートとOBの姑息な戦略によって、 振り回され続けた練習試合。
相手から本気を出させる間もなく、 終わらせるわけには行かない。
「なりふり構わず、 やってやろうじゃねえの!」
目には目を。 負けず嫌いコンビによる逆襲が始まった。