わらしべ長者 ―― 輝・バレンタインバージョン ――
むか〜し、昔、ある所に、ウ吉という貧乏な少年がおりました。
彼は大変働き者でしたが世間知らずの田舎者でもあったので、しょっちゅう悪い人達に騙されて、働いた金を巻き上げられる不運な日々を過ごしておりました。
しかし、そんな気の毒な人生を送る彼にも、一人だけ心から信頼できる人がいます。隣の家に住むケンタ兄ちゃんです。
ケンタ兄ちゃんはウ吉が幼い頃からよく面倒を見てくれて、血の繋がりはありませんが、本当の弟のように可愛がってくれました。
二月半ばのある晴れた日。ウ吉が隣の家へ遊びに行くと、ケンタ兄ちゃんが妙にそわそわしていました。
不思議に思って尋ねてみると、兄ちゃんは大真面目な顔でこう言いました。
「いいか、ウ吉。今日は男にとって、とても大切な日だ」
「大切な日?」
「ああ。バレンタイン・デーと言って西洋の慣わしだそうだが、この日に女の子からチョコレートをもらうと、男は一生幸せになれるらしい」
「兄ちゃん、それは本当かい?」
「本当だとも。だから、俺はこうして朝からチョコレートが来るのを待っているんだ」
「待っていれば、チョコレートもらえるの?」
「たぶんな。そういう訳だから、お前も早く家へ帰れ」
「うん、わかった」
兄ちゃんに言われた通り家へ帰ったウ吉ですが、どうにも落ち着きません。女の子からチョコレートもらうだけで一生幸せになれるなんて、まさに夢のような話ですから。
「早くチョコレート来ないかなぁ」
ところが、いくら待ってもチョコレートはやって来ません。
生来じっとしている事が苦手なウ吉は、とうとう我慢できなくなって、家を飛び出してしまいました。
「待っているだけじゃ駄目なんだ。自分の幸せは、自分の手で掴まなくちゃ……
そうだ!あの神社なら、きっとオラの願いを叶えてくれるはず」
ウ吉が向かった先は、村でも胡散臭いと評判の『ジャックストリート神社』でした。
西洋の慣わしなので、何となく洋風の名前の神社の方がご利益もあるような気がしたのです。
神社へ到着すると、早速ウ吉は手を合わせました。
「神様、どうかオラにチョコレートを授けてください」
すると突然辺りが白い煙に包まれて、中から赤い皮のジャケットを羽織った大男が現れました。金髪に顎鬚(あごひげ)を蓄えた姿は、どう見ても日本人ではありません。神様かどうかも怪しいところです。
「何の用だ、小僧!せっかく人が天国で、やりたい放題したい放題、第二の人生を満喫していたのに!」
「えっ?」
「いや、何でもない。こっちの話だ。
で、用件は何だ?」
「オラ、女の子からチョコレート欲しくて。どうすれば良いですか?」
「そんなのは自分でどうにかしろ。口説くなり、押し倒すなり、好きにすればいい」
「アンタ、本当に神様なのか?」
ウ吉は人に騙され易いですが、決して馬鹿ではありません。怪しい風体と、ろくでもないお告げを聞き、遅ればせながら胡散臭いと警戒しました。
しかし当の神様は別のことに気を取られているらしく、いかにも面倒臭そうに「とりあえず、最初に掴んだ物を大切にしろ」とだけ言い残すと、さっさと消えてしまいました。
神社からの帰り道、ウ吉は悲しくなりました。
人に騙されるだけならまだしも、神様にまで見放されたようで、悲しくて、悔しくて、涙が止まりませんでした。
「オラに幸せは来ないのかなぁ……あっ!」
涙で視界が遮られ、足元をよく見なかった為に、不覚にもウ吉は道端で転んでしまいました。そして転んだ拍子に、何かを掴んでいるのに気付きました。
「これって、藁(わら)?もしかして、あの神様が言った事は本当なのか?」
やっぱり人に騙され易い性格のウ吉は神様を信じ、言われた通り掴んだ藁を大切に持って帰ることにしました。
失くさないよう、しっかり握って歩いていると、大きな店の前で大人達が困った顔で立ち話をしています。聞けば、昆布問屋の『中西や』の坊ちゃんが重い病を患い、もう半年もの間、一言も声を発しないとの事。困っていたのは、その『中西や』の番頭さん達でした。
「番頭さん、オラに任せてよ」
気の毒に思ったウ吉は『中西や』へ行くと、手にした藁を坊ちゃんの脇に差込み、くすぐってみました。
すると、どうでしょう。今まで無口だった坊ちゃんが、ゲラゲラと声を立てて笑い出したではありませんか。
「何すんじゃ、ボケッ!人がせっかく荒木先輩を目指して無口になってンのに!
コラ、こそばすな……ええ加減にせえよ、このクソガキ!」
これには『中西や』の旦那様を始め、番頭さん達も大喜び。半年ぶりに坊ちゃんの声を聞けたと言って、お礼に美味しそうなミカンを分けてくれました。
人助けをした上に、藁がミカンに化けたのですから、ウ吉はすっかりご機嫌です。
「あの神様は只者じゃない。きっと伝説の神様だ」
胡散臭さも忘れて、本気で神様の言葉を信じてしまいました。
次にウ吉が出くわしたのは、自らを姫と名乗る「娘らしき」人物でした。
「わらわは滝澤藩主の娘、風雅姫じゃ。そち、名を何と申す?」
「オラ、ウ吉です」
「ウ吉とやら。わらわは、そなたが手にしておるミカンが気に入った。
体ごと所望してあげるから、今から屋敷へ来ぬか?」
「体ごと所望?」
「だから、そちもミカンと一緒に屋敷へ来て、わらわに仕えるのじゃ。良いな?」
ウ吉は人に騙され易いですが、防衛本能は人並みにあります。
姫様からの気色の悪いウィンクを受けて身の危険を感じた彼は、怪しいお誘いを丁重に断り、どうにかミカンだけを持って行って貰いました。
「残念ね。どっちも美味しそうだったのに」
最後まで姫様は納得の行かない様子でしたが、去り際にミカンのお礼と言って綺麗な反物を渡してくれました。
無事ミカンと反物を交換できたウ吉ですが、物の価値を知らない貧乏人の彼は困ってしまいました。どちらかと言えば、ミカンの方が良かったような気もします。
「オラ、また騙されたのかなぁ……」
「ああ、間違いないね。君は騙されたんだよ」
ウ吉の独り言に答えたのは、数名の家来を引き連れたお侍様でした。
「残念だけど、その反物は盗難品で、売ったとしても君が捕まるだけだよ」
何故一目で盗難品だと分かるのか不思議でしたが、お侍様の人当たりの良いにこやかな笑顔を見れば、とても嘘をつくような人間には思えません。
「オラ、どうしたらいいですか?」
盗難品と聞いて怖気づくウ吉をなだめるように、そのお侍様はこう言いました。
「ここだけの話、俺は盗難品を売りさばく『闇のルート』を握っている。もし君さえ良かったら、この馬と反物を交換しないか?」
「えっ……でも……」
申し出はとても嬉しかったのですが、交換条件で出された馬は、今にも死にそうな顔をしています。
「お侍様?この馬、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって。俺が勝負を賭けた馬は、最後には絶対勝つからね」
こうしてお侍様の笑顔に上手く丸め込まれたウ吉は、反物と馬を交換してしまいました。
後で分かったのですが、実はお侍様だと思っていた彼は、人を騙して金品を盗み取る事で有名な『唐沢盗賊団』の若頭でした。
そんな事とは露知らず、ウ吉は一生懸命に死にそうな馬の世話をしました。
「早く良くなるんだぞ」
川から水を汲んで来ては飲ませ、冷えないように体も擦ってあげました。すると、ウ吉の優しい気持ちが通じたらしく、馬は短時間で信じられないぐらい元気に回復しました。ところが――
「おい、そこの汚らしいガキ。馬を連れて、こっちへ来い!」
初対面でも上から目線で物が言えるのは、この辺りではお殿様しかいません。
恐るおそる振り返ってみると、かごの中からイノシシ顔の京極様がこっちを睨みつけておりました。
「早くしろ、クソガキ!」
「は、はい……」
慌ててウ吉が馬を連れて行くと、京極様は「よい馬じゃ」と言って、有無を言わさず手綱を奪い取ってしまいました。
「この馬は、俺様が飼ってやる。ありがたく思え」
「そんなぁ。いくらお殿様でも酷過ぎます」
「馬鹿者!俺様の言う事が聞けぬのか?
俺様、殿様、京極様だぞ?」
「それなら、せめて代わりの品をオラにください」
「ああ、うるさい奴だ。だったら、これをやる。
俺様の大切なコレクションだ。家宝にしろよ」
お殿様が投げてよこしたのは、虫の形をした小さなマスコット人形でした。
「ちょっと待ってください!これって、ただの虫じゃないッスか!」
「なに?貴様、手打ちになりたいのか?」
こうなったら貧乏人は泣き寝入りするしかありません。仕方なくウ吉は虫の人形を持って、とぼとぼと家へ帰りました。
一日中歩き回って、結局手に入ったのは虫の人形でした。
「ちっくしょう!オラ、バレンタインなんか嫌いだ」
「えっ?ウ吉さん、バレンタイン嫌いなの?」
声がした方を振り返ると、ケンタ兄ちゃんの妹の奈緒が家の前で立っていました。
「嫌って言うか、酷いって言うか……それより、奈緒?なんで、ここにいるんだ?」
「実はね、これウ吉さんに渡そうと思って待っていたの」
そう言って彼女が差し出したのは、茶色くて丸い物体でした。
「何、これ?ウンコか?」
「違うよ、チョコレートだよ」
貧乏人のウ吉は、チョコレートを間近で見るのが初めてだったのです。
「ごめんよ。オラ、チョコレートってどんな物が知らなくて。
本当にこれ、食べられるんだよな?」
ウ吉があまりにしつこく匂いを嗅いで確かめたので、奈緒は泣き出してしまいました。
「せっかくウ吉さんの為に作ったのに、酷い!」
「ご、ごめんな、奈緒。機嫌直してくれよ。
オラ、頑張って食べてみるからさ」
「頑張らないと食べられないの?」
「いや……そういう訳じゃないけど……」
今度こそ本当にウ吉はバレンタインが嫌いになりました。一日中捜し求めていたチョコレートはウンコそっくりで、おまけに前から想いを寄せていた彼女を泣かせてしまったのですから。
「女を泣かせるとは最低だな」
「あっ、アンタ……」
途方に暮れるウ吉の前に現れたのは、『ジャックストリート神社』で出会った神様でした。
どうやら他の人には見えないらしく、ウ吉の反応に奈緒は訝しげな顔を向けています。そしてそれを良い事に、神様はいやらしい目つきで彼女を観察してから、言いました。
「あと二、三年もすれば、なかなかの女になりそうだ。お前が持て余しているなら、俺がもらってやろうか?」
「馬鹿言うな!奈緒はオラが心に決めた人だ。オラの大事な人に手を出すな!」
「ウ吉さん?」
神様の姿が見えない彼女には、ウ吉の言葉しか聞こえません。
「あっ……今のは、えっと……」
うろたえるウ吉の耳元で、神様が更にちょっかいを掛けてきました。
「俺は神様だから、気に入った女をあの世へ送る事だって出来るんだぜ?」
「そんな事は絶対にさせない!オラがどんな事をしてでも守ってみせる!」
「ほう、一生大切にすると誓えるか?」
「誓える!一生大切にする!」
「だったら、そのマスコット人形を彼女に渡せ」
「えっ?マスコット人形って、この虫のことか?」
ウ吉は手にした虫を見せて確かめようとしたのですが、すでに神様の姿はありませんでした。
「ウ吉さん、それ『メロリン』?」
この虫が何であるかは知りませんでしたが、赤らんだ彼女の頬を見て、ウ吉はもう一度だけ神様の言葉を信じても良いと思いました。
「これ、奈緒にやる」
「本当にいいの?」
「ああ」
「ありがとう。私、いいお嫁さんになるね」
「へっ?」
後から聞いた話ですが、バレンタインのチョコレートのお返しに『メロリン』を渡すという行為は、即ちプロポーズの意味になるのだとか。
但しその『メロリン』は、欲深い京極殿様が金儲けの為に『ジャックストリート神社』と提携して作らせたマスコット人形だとの噂もあるようで、それ故「あの神社は胡散臭い」と言われているそうです。
何はともあれ、こうしてウ吉はチョコレートと共に大きな幸せを手に入れ、ケンタ兄ちゃんと奈緒の三人でいつまでも仲良く暮らしましたとさ。
因みに二人の仲を取り持とうと朝から頑張ったケンタ兄ちゃんは、本命の人からチョコレートをもらえず、今はそこそこの幸せで満足しているそうです。めでたし、めでたし――